出発地は大阪南港。ここに2台のバイクと3人の男が揃う。
「なんでえ僕のバイク無いんよ。」
身の丈180センチ程あり、肌の色が土ゴボウの様にこんがりと焼け、口の周りには甘いものを求めて集る蟻の様なヒゲが広がる男はボヤく。皆からは書記と呼ばれているがそれらしい事をしている様子を見たものはいない。
「お前免許無いやん。」
2ブロックに刈り上げ、黒縁の眼鏡の奥からギョロッとパッチリ目が覗く男はタバコを燻らしながら答えた。皆からは副会長と呼ばれているが、クボ会を実質的に支配しているのは彼では無いかと言う声も多い。
「そう言うことと違うてよー、なんでえ僕バイク無いのにツーリングらするんよー。」
「今更なに言うてるんなよ、会長が言い出したことやろ。」
「そうやけどよー。。」
「すまんな書記。どうしてもこのメンバーでツーリングがしたかったんや。」
会長は眼鏡をクイっと上げ、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ええけどよー。。僕どうしたらええんよ?」
「んなもんわしか会長の後ろに乗ってもらうしか無いやろが、なんやったら帰ってもええんやで。俺ハマからわざわざ来てんのにウダウダ言わんといてくれるか!」
「ごめんよー。。」
一見殺伐とした雰囲気にも見えるがこの面子が集まると大体こんな感じだ。クボ会と呼ばれる会を年に数回開催していたが、最近は互いの都合がなかなか合わず今回は約3年振りの再会となった。にも関わらず今迄と寸分と変わらない雰囲気に居心地の良さを感じていた。
「で、会長。今回ツーリングと言うことですけども、フェリーにバイクを乗っけてそっから九州を一周するだなんて思い切りましたね。僕のカワサキ250TRで大丈夫かな~、そんな長距離走ったこと無いんで心配ですよ~。」
チラチラと会長のYAMAHA YB_1を見ながら副会長はこう言う。250TRは文字通り250cc、中型バイクだ。対してYB_1は50cc、所謂原チャリである。法定速度は30km。原チャリで九州一周なんて何を考えているのかと誰もが思うことを副会長は皮肉を込めて伝えているのである。
「まぁ僕も中型二輪免許取りたかったんやけどね、このYB_1でどこまで行けるのか知りたくなってね。」
ボーーーーッ!!
フェリーの汽笛が鳴り響き、出港の時間が近い事がわかる。
「僕お腹空いたんよぉ、なんか食べよらよ。僕遠征でフェリーよく使うからフェリーの過ごし方やったら任せてよ。今の時間は食堂も空いてるさけにまず食堂でご飯食べてねー、ほんで風呂入ったら最高やで。」
会長と副会長は聞く耳をもたずにゲーセンに向かった。
「うわーっ、やられた!会長相変わらず強いですね!」会長と副会長の接待卓球をひとしきりし終えた頃、二人は違和感を覚えた。

書記がいない。

とりあえず汗を流さなくてはと二人は大浴場に向かった。バイクで走って凍えた体に卓球で汗を染み込ませ、それをシャワーで流し、ちょうど良い加減の湯船に浸かる。「あー、ここらええわ。」
「飲もうか!」「せやな!」
カラカラの身体にビールが染みる。会長と副会長は食堂で生ビールをゴキュゴキュッと流し込んだ。
「あー、空きっ腹に飲んだら回るわー!」
「最高やな。」二人はそれまであった違和感を忘れるためにひたすら飲んだ。
「いやー、よく飲むね。」
2人に突然声をかけた男は酒にかフェリーにかどちらかに酔っ払っているのか、青ざめていたが、口元は緩く微笑んでいた。
「突然失礼、余りに楽しそうに飲んでたのでつい気になって。俺の名はキタバタ。しがない放送作家さ。」
ダイダイ色のトレンチコートから少し黄ばんだ白いTシャツが覗く。むさ苦しく伸ばした髪の毛だが量は少ない。突然話しかけられた2人は顔を見合わせた。
「あの、何か用ですか。」
「うーうわーーーーーっっ!!!」
その時遠くから叫び声が聞こえた。書記の声で間違いない。うるさいな、腹立たしい思いに駆られたがとにかく声の元へ行くべきだ。
「ちょっと知り合いの声がしたんで失礼します。」
向かった先はトイレだった。そこには、全裸で倒れこむ書記の姿があった。呆れると同時に情けない気持ちになり涙が出そうだった。
「お前なにしてるんなよ!」
「仕方なかったんよー。」
書記が言うことには、一人で食堂に向かい食べ過ぎた。そして便意に襲われ、今に至ると。
こんな感じでツーリングの1日目は終わった。



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