がんばれこうちゃん 〜自閉症っ子の日常〜

がんばれこうちゃん 〜自閉症っ子の日常〜

自閉症と知的障害のある息子。
今年は支援学校小学部の4年生になりました。
母はほぼ、フルタイムで働いているので息子は毎日デイに通っています。
モットーは障害があっても♪楽しく生きる♪。
息子の笑顔を応援していく母の日記です。

今日は成人の日ですね。

コロナのせいで、中止になった地域や延期になった地域もあるそうで、とても残念です。

早く沈静化して欲しいものですね。

 

私の20歳ごろってどんな感じだったろうか・・・と考えてみた。

 

大学2回生か。ボーっとしていたな。

部室や食堂でお茶飲んだり友達と喋ったりして地味に過ごしていたなぁ。でも平和な毎日だった。

世はバブル全盛期で、派手な子は恩恵にあずかっていたはず。

私が卒業するころはバブル崩壊し始めていたので、全く恩恵無かったです。

でも、遊び回るでもなく、勉強するでもなく、将来の目的もなく、夢も無く。

 

だから、最近の若い子が目的を持って頑張っている姿を見ると応援したくなる婆爆  笑左矢印です。

パソコンが結構楽しくて、その時はWindowsも無い時代でしたが、

ワープロ検定などは楽しくて頑張りました。

しかし、入力がノロくて、どんだけ練習しても全然上達しなかった。

色んなタイピングソフトやタイピングゲームなどを何時間頑張っても・・・。

そのせいで、ワープロ検定はタイピングで1級に落ちてしまいました。

でもうっすらと、将来ワープロ(パソコン)関係の仕事がしたいなぁ。

とは思っていましたが、1級落ちたことで挫折して、初めは全く違う職業に着きました(医療事務)。

実はコミュ障で接客は一番苦手で自分に一番向いていない職業だったのです。

(何故、それを選んだのか。自分の性格が良くわかっていなかったのです(自己分析不足)

そこでは、全く仕事が出来ないゴミ社員として、あちこちの部署に回されて、

最終的には暗い個室で電話を取るという処遇。しかも辞めないというど根性だけは有りました。

結構お給料良かったし。5年目10年目には海外研修にも行けるし。

でも暗い個室にいる時に上司の人に一から事務指導を受けた事が後になって役に立った気がします。

結構細かいオッサン・・・もとい、仕事に緻密な上司でした。

何だかんだと10年ぐらい居座りました(今考えると迷惑)。

 

でもその間も、パソコン教室に何故か通っていました。

やっぱりパソコン未練あったんだろうな。

今もあるようですがMOS検定のマスターを取得し、(Word、Excel、PowerPoint、Access)

今は無き初級シスアド試験(一応国家資格)も合格して、さぁパソコンの先生・・・

と言う所でまたもコミュ障の壁が立ちはだかる。

パソコンの技術だけじゃなくて、コミュニケーション能力が高い人でないと難しいですね。

個人でパソコン教室を立ち上げる経営能力とか。

 

紆余曲折あって、電気工事会社に就職。

給料は多分正社員の事務員より安く数時間パートするのと同じ位なんで、

転職すべきか何度か考えた。

でも好きなパソコンに向かってする仕事やし職場の仲間も良い人に恵まれていて(左矢印ここが大きい!)

アラフィフでは一旦辞めたら二度と事務員は不可能だろうという自覚はあるので

とりあえずは定年まで頑張れる範囲までは頑張ろうと思います。

まぁ、こうちゃん次第ではありますが。

 

人生挫折だらけだけど、最後に何とか居場所を見つけたという感じです。

パソコン入力も少しは早くなったし。好きな仕事なので時間が経つのを忘れます。

でも紆余曲折あったのでお金を稼ぎ続けるという事がどれだけ大変かは分かっているつもり。

そしてこうちゃんがお金を頂くという事がどれだけ不可能に近いかという事も。

何とか福祉的な居場所を・・・と思うけれど、難しいんだろうなショボーン

 

ニコこうちゃんは今年3月でハーフ成人式の10歳を迎えます。

最近の一般校なら学校の行事にあるのかな?支援学校ではハーフ成人式に何かするとかは聞かないです。

 

早いなぁ~。と言うのが感想です。10年ガムシャラに走ってきたというイメージです。

でも高校卒業すると、ほとんどの支援学校生は就職になります。

これからもあっという間なんだろうな。今、明日の事で精一杯なのに。

20歳のこうちゃんがより良く生きていけるようおねがいママは頑張りますヨ!!(不安しかないけど)

 
( ラーメン食べているこうちゃんと、こうちゃんスマホ撮影のお気に入り絵本です)