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幼児期には、どれだけ病院に行っても
発達障害の場合
正式な障害名はつかない事が
多いです。
発達障害のほとんどが
レントゲンを撮ったからといって
判明するものじゃない事や
幼児期はまだ発展途上で
まだ、どちらとも取れないことが
多いからです。
ただ、我が家の場合は
1才を過ぎた辺りから
とっても不思議くんで
散歩に行けば、同じ道を通らなければ
怒りだし、下水の蓋から
石を投げ入れるのが好きで
やりはじめると1時間でもやっていたり
町内で5時になると鳴り始める
音楽が、とっても嫌いで
お散歩途中で、長々遊んでしまうと
5時からパニックです😅
必ず帰りはおんぶして
息子の好きなトーマスの歌を
母はおーきな声で歌って
帰ります。
そんな感じだったので、
早くから療育することに決めました。
最初は、友達に紹介してもらった
ちょっと、遠いけど
評判のいい療育施設へ行きました。
最初の1ヶ月、教室に入れず
駐車場でずーっと号泣です。
さすがに、根負けしそうになっていたら
先生から呼び出され
『お母さん、いつも泣かれてなんでこんな事をと辛いかもしれないですが、泣いていかないと言っても必ず連れてきてください。嫌ならやめましょう、が身についてしまうとこれから先どこにも行けない子になってしまいます。駐車場で泣いていてもいいので、必ず来てください』
と言われ
ここで、私が諦めていては
ダメなんだ‼️と
試行錯誤しながら、なんとか連れていき
駐車場で号泣😭😭😭💦が続いていた
ある日、何の前触れもなく
泣かずにスタスタ教室に
入って行くではありませんかっ👀‼️
こちらが、びっくりしすぎて
ポカーン😮でした😅
ほんの、6ヶ月ほどのお付き合いでしたが
あの日々が、今の私たちの
基本である事は間違いないです。
次は、魔の保育園時代です😭
妊娠した❗とわかった日から
親は色んな夢を持つ場合が
多いと思います。
女の子だったら…
男の子だったら…
我が家のパパは基本、無口で
感情が表に出にくい人。
そして家の事は、ほぼ何もしない人だった。
そこに、ある日突然の、
『障がい者宣告』である。
パニクらないわけがない…くらいは
想像してたけど、
まず、『そんなわけない‼️』『別の病院に行ってこい‼️』
まぁここまでは、あるあるだろうな。
パニック起こして泣いてる息子の
肩を握りしめて
『何で泣き止まん😡⚡』ってフルフル😵
いまだったら、虐待?
夜も寝ないわ泣くわの息子を
必死にあやしてると
『明日、早いんだけど』『いつまで泣かせてる?』などなど、今の私なら
ボディーブローおみまいするとこだけど
その時は、泣き止むまで
車にいたり、散歩したり…
あの時の私の睡眠時間、何分だったんだろう。
通ってた療育の先生との
懇談の時も、
『俺、車でまってるから』
って、まるで他人事‼️
現実逃避なのか、息子を無いものとしようと
してるのか、腹が立つを通り越して
悲しかったなぁ
後で、わかったんだけど
生まれる前には
《0才から作る天才脳》なんて本買ってて
障がい者宣告されてからは
自閉症やら発達障害やらの本を
買いまくってたみたいです。
これは、うちの子には
当てはまらない部分を探すためだと
私は思ってました。
うちの子はマニュアル通りの自閉くんだから
無駄な抵抗だったんだけどな😅
それだけ、父親が息子にかける
夢や希望は大きいんだと
感じました…ずーっと後の事ですけどね😅
障がい者のいる家庭は
離婚率が高いと聞いた事があります。
それは、すごくよくわかる‼️
父親と母親では、感性が違うから
同じ方向を向き始めるまでは
私は、息子と旦那、両方との
戦いでした。(時々、おじいちゃんも💦)
