しかしわたしの劇団での芝居はそれ以降できなかった。何度か

 

上演する機会もあったが、いろいろな事情で公演までつながらな

 

かった。下北沢に住んでいると、芝居を見る機会も多かったし、情

 

報も多かった。他の劇団のスタッフや役者と飲む機会も増えたし

 

あんな芝居やろう、今度はあいつとやろう、色んな構想が出てくる

 

のだが、どうにもお芝居というものを知ってくると、かえって臆病に

 

なってしまう。あまり世間を知らず、無鉄砲にやっていたほうが、公

 

演は出来るものだ。だんだん評判やら、スタッフの噂なんか気にし

 

ていたら、動けなくなってしまう.、わたし自身はまだできると思い

 

込んでいたが、まあ世間はそう甘くないか。結局、それ以降、食べ

 

るために、舞台のスタッフをやりながら、10年あまり、自分たちの

 

芝居が打てず、悩み続けてきた。もちろん旗揚げに参加した連中

 

は、ほとんどわたしから離れていった。そうして15年余りこの芝

 

居の界隈でいつも明日を夢見ていたわたしが夢からとうとう覚める

 

時が来た話し今度お話します。