一夏。
初めて彼の存在がある夏は、並みならぬ早さで過ぎ去っていってしまいました。
そう、夏のあの爽やかな風が吹くようにそっと、そして一瞬で。
残るのは、はがゆく思わず苦笑してしまいたくなる思い出。
しかし、だからこそ、あの夏が愛おしく、そして二度と来る事のない夏だと悟るのです。
学校が夏休みに入って、あっという間に私の日本語補修クラスもお盆休みに突入しました。
お盆で忙しくなる前に、彼が時間を作って学校へ来たあの日から、お盆にかけて、
一波乱起きるなんて。
誰が予期したでしょうか。
まぁ、それは後々お伝えするとして、
その事件の予兆であるかの様に現われた一人の女の子。
名前は華(はな)ちゃん。
お盆休みに入る前日、補修クラスを終えてやっと自分にも夏休みが来ると、
すっきりと晴れ晴れし、まるで生徒に戻ったかのようにワクワクとした気持ちで帰りのバスに乗った。
まだ時間帯がお昼、そして夏休みという事もあって、
バスには結構人が乗っていた。
中には観光客と見られる人達も。
定期を見せて、
(普段は使わないが職員割引で安いので買ってある)
後ろから二番目の窓際の席へと座る。
車内のクーラーの冷たさに心地よく感じるが、にじむ汗がまだ止まらない。
バスがゆっくり出発した。
いつも通る街並みが、車内から見るとクーラーのせいで、
暑さとは無関係のように感じられた。
けれど自分の汗がひくと、今度は窓を通って外気の熱さがじりじりと感じられた。
バスは乗客の多さのため、各停でストップしていった。
途中、彼のお寺につづく脇道が見える。
自然と目がいってしまう。
彼は忙しいんだろうか・・・。
ほんの少し見える彼のお寺の屋根を見ながら、
改めて、この街にも夏のにぎわいを感じた。
行き交う寺巡りをしている観光客達、夏の強い日差しに光る寺の屋根、街に生い茂る緑。
そしてこの街独特の透き通る空気と涼しさ。
そんな風景をぼんやりとバスから眺めていると、
今度はすぐに家の前のバス亭にもう着いてしまった。
降りると、一気にまたむっとした暑さに包まれた。
その暑さに少し疲れを感じ、早く家に入ろうと重い足で石段を上がると、
小さな小柄な尼僧の後姿が玄関につづく石畳の途中に見えた。
その前には亮ちゃんがいる。
私に気付いた亮ちゃんが、
「おかえり。」
と一言。そして、なんだかうろたえているように見えた。
(はは~ん・・・。)
私は変な期待が胸に膨らんだ。
わざとちょっと大きい声で、
「ただいま~。暑いなー今日は。」
とおどけて返した。
この時の私は不適な笑みを亮ちゃんに投げかけていたに違いない。
すると小柄な尼僧が
「こ、こんにちはっ!」
とこっちもなんだか焦って、
凄い勢いでお辞儀して挨拶をしてきた。
近くでみると、目がクリっとしていて子顔でとても可愛らしい。
坊主のせいか、目が引き立っていてとても印象的だった。
そして、えんじ色ぽいサムイが彼女の肌の白さと、とても合っていて女の子らしく感じた。
ふと(この子が今流行りのファッションをしたらモテるだろうなぁ・・・)と頭に浮かんだ。
こういう時こそ私もちょっと大人ぶってみたくなって、
上品に、
「こんにちは。」
なんて返してみる。
そして、
「亮ちゃんこんなとこじゃ熱いから、家に入ってもらったら?」
と私。心の中でナイスっ!と自分を褒める。
が、しかし亮ちゃんはそれに反してそっけなかった。
「いいよ。華ちゃんもう帰るから。あ、華ちゃん。こっちゆうちゃん。ほらさっき話した親戚の。」
「は、はじめまして!あ、・・・あの、それじゃ私、し、失礼します!それじゃっ!」
小さな身体を振って、また凄い勢いの小走りであっという間に走り去ってしまった。
こっちが転ばないか心配になるほどに。
「何で帰しちゃうのよぉ!?ねぇ、今のって亮ちゃんが好きな子??」
「違うね。あんな小さいの全然タイプじゃない。あれはこう兄の熱烈なファン。
っていうより本気だねありゃ。
今までこう兄ファンには色んな事聞かれたり、頼まれたりするけど、あいつはそんなのと比にならないくらいぞっこん。」
(え・・・。)
亮ちゃんは家に入ろうと歩きながらつづけた。
「ったくさ、自分じゃ何にもしないくせに、やたらと俺にはしつこくこう兄の事聞くんだよ。
にしたってさ、よくこんな忙しい時もうちに来るもんだよ。感心しちゃうね。
こっちだって忙しいっつーの。」
汗もふっとぶほど、驚いてしまった。
「何?ゆうちゃん家入んないの??」
この子が一騒動起こしてくれようとは、この時誰が思っただろう・・・。
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