the blue sky

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”うつ病””適応障害”で人生初の長期休暇(休職)に入った40代の看護師が自分と向き合い復帰するまでの記録。現在進行中です。

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初めまして

2023年8月2日から「うつ病」「適応障害」の診断名で

休職している看護師の怜.ko(レイコ)です

 

これまでの私の看護師としての年数、

および休職に入るまでを簡単にまとめてみました。

 

私は18歳で大学入学しましたが、半年で中退し、

その後バイト生活を送り、22歳で最初の結婚。

専業主婦らしきことを約2年して24歳で

准看護学校へ進学しました。

准看護学校卒業後は短大の第二看護学科へ進学し、

そこで2年間学び28歳で正看護師の資格を取りました。

 

1年目は手術室へ配属されましたが、年齢も私だけ年齢も高く、

周りの若い子に覚えの早さについて行けず

自己否定感ばかりが募り1年で退職。

その後は他の病院に転職しても1年も続かず、

知識や技術も中途半端なまま、

3年目からは家庭の事情もありずっと応援ナースをしていました。

 

33歳の時(看護師4年目)で某半島の過疎地へ応援ナースとして派遣され、

その後その地域に産休代理派遣の更新、更新、

途中家族の介護で都内で1年間暮らしましたがほぼ7年間

その半島で生活し看護師をしていました。

その間に離婚と再婚、再々離婚も経験…えーん

(この話も機会があればそのうち書きますね)

 

最後は産休代理派遣がもう取れないということで

地域の精神科に就職するも、そこでも上司のモラハラ・パワハラと戦い、

もうその地域に未練もなかったのと人間関係に疲れて

卒業した学校のある千葉県に戻ることを決意。

 

コロナ禍に転職活動をして、

転職歴の多い私でも唯一その場で

「採用です」と言ってくれた

180床ある病院に就職することが決まりました。

その病院には2021年10月に入職しました。

 

2023年5月くらいからメンタルの不調が悪化。

モラハラワンマンドクターの下でのリーダ業務、

グングン育っていく後輩への後ろめたさ、

まさかのプリセプターからの壮絶無視、

それを黙ってみているだけの師長、

その他自分の今までやってきた看護を全て否定される

ような発言が重なり、

一度退職を申し出ましたがそれも看護部長から曖昧にされ…。

 

2023年8月2日、

もうこれ以上頑張れないと自分で判断し心療内科で診断書をもらい

そこから休職期間に入りました。現在も休職中です。

 

※実はアメブロで他のブログを書いているのですがあまりにも

休職と趣旨がかけ離れているため今回看護師のメンタルノートとして

新しくこちらのブログを開設しました。

なので初めての方も、そうでない方も今後ともよろしくお願いします。