昨日まではあんなに暖かかったのに、今日はめっぽう寒いから布団の中でゴロゴロしながら携帯に向き合っている

昨日お客さんが「東京から軽井沢に引っ越しをしたのよ」と話していて、その声がピョンピョンと弾んで聞こえたので
「何か嬉しそうですね」と聞くと、
「私にはそっちの方が合っていたみたい」
と、妙に満足そうな表情がこちらにもナマあたたかく伝わってきてほっこりとした気持ちになった

「60を過ぎるまでは、東京でしか生活していなかったものだからこの歳でも新発見ってあるものね」
と上品に笑ってみせてくれる。


「ベタだけどね。起きたら林道を犬と散歩するの。天気がいい日は最高よ。
でも雨の日は雨の日で、心が落ち着くの」

東京ではあまり感じられなかった感覚だと説明してくれた。


昔からずっと作詞提供や、物書きの仕事をされていて、過去の作品を聞けば僕ですら知っている名曲だらけだ。

ものを書いたり、歌詞をつくる仕事は、自分との対話から生まれる事が多いと前に話してくれていて、自分と対話する内容が切れるという事、つまりネタ切れすると、何かを経験しなくてはならないからと、とにかく自分から色々な経験をしにいったという

「経験をする事、体験する事が多いのはやっぱり東京にいる事だ。って頑なについ最近まで思っていたのに不思議よね」

“居場所をちょっと変えるだけで60年の価値観なんてすぐに、書き換えらてしまうものね”

僕は話をきいているだけで心地よくて、そして、深く共感した

憧れを追い続ける自分から、
自分に正直になる自分に走る線路を変えた瞬間、それは価値観が書き換えられた瞬間だった

沢山の情報に触れる事をやめ、
心地がいいと思うものだけを取り込むように

「あの人の目線を見てみたい」と追いかける事をやめ、
自分が本当に見たいものをしっかりと見に行く準備をするように

会いたい人に会いに行って、
自分の偏愛に浸かり
フィルターを外して、子供みたいな夢を描く


寝る間を惜しむのは、昔朝まで友達とゲームをしていたあの時間が楽しかったからで、

わざわざ飛行機を使ってまで会いにいくのは、
純粋にそれがしたかったからで


別に自分にただただ素直に生きているだけだ。


何十年先かわからないけど、僕も一度東京を離れてみよう。

別に場所じゃないのかもしれないし、そうなのかもしれない。

わからないからこそ、感性で生きる方が
よっぽど健康的だと思う訳です。