福島県双葉郡にある福島第一原子力発電所。
今もここには多大なリスクを負いながら原子炉の冷却作業を行っている双葉郡出身の作業者達が180人。
俺も20歳まで
双葉郡広野町で生まれ育った。
今東京で仕事をしている俺は、周囲の心ない発言に信じられないという思いがある。
でも現地の作業者からすれば、今俺が置かれている環境なんてなんでもない。
むしろ恵まれているくらいだ。
いわき市の父親の実家に避難している家族と連絡がとれた。
原発の避難地域ではないものの
国の人間が近い避難地域には踏み入りたくないとの理由から
いわき市には救援物資が全く届いていません。
ガソリンの需要に対し全く供給が追い付いていないとのこと。
ガソリンがあれば親類が何十人いても東京に呼び寄せたい。
水道がいまだ復旧していなく
昨日地震後初めてお風呂に入れたそうです。
現地の避難所では低温から亡くなる高齢者が多数。
そんな環境下にありながら
母親から
「ごはんはちゃんと食べるんだよ」
「お風呂にははいるんだよ」
の言葉に涙が止まらなくなりました。
福島県浜通りの地区から他の都道府県に避難する際
放射線のスクリーニングの結果がないと
避難所受け入れてもらえないことが頻発しています。
政府が安全と判断したエリア外であろうとも!!
40年前に東京の方に電気を使ってもらうため
住む地域にリスクのある原子力発電所を作ることを了承した
双葉郡民。
俺の母親は52年ずっと双葉郡広野町で生活していました。
そんな双葉郡民を
いまになって差別化するような行動があることに
愕然とし、本当に悲しくなりました。
おれはもう生まれ育った町には2度と戻ることができないかもしれない。
今後差別を受けることがあろうとも
今後の人生胸を張って
福島県の双葉郡、原発のあるとこの生まれ、育ちです。
と言いたい。
一刻も早く原発、被災地の復興を願うばかりです。