Remember to remember 完璧な自分を思い出すお手伝い

皆様こんばんは。


続きです。


この日、仕事を終えて帰ってきて叔母と交代するとこれまでむくんでいた左手のみならず、右手もむくんでいることに気がついた。


叔母が言うには来客が多くて夕方前くらいに疲れてずっと寝ているとのこと。


私が母の顔を覗き込むと母は目を覚ました。


「お母さん、ただいま。

気分はどう?」


「おかえり。

お疲れ様。」


そう言ってくれた母の声は力なく弱々しかった。


「お母さん、なんか食べる?」


と聞くと、ヤクルト1000を飲みたいと言う。


私は小さいスプーンで母にヤクルトを飲ませた。


3口…


この日は珍しく直接ヤクルトを口にしたいという。


寒気が酷い。

咳も止まらない。


私の体も限界に来ていたのかもしれない。


23時くらいだったろうか。

母は痛みを訴えて初めて訪看さんを呼んだ。


バイタルを測定した後、訪看さんは座薬を勧めたが、母は黙って私が度々母に使っていた超強力神経波磁力線発生機を指差した。


訪看さんが帰った後で機械を当てながら母に御加持する。


何故か音楽を聴いて欲しくなった。

フルトヴェングラー指揮ヴェートーヴェン三番「皇帝」





ここに引っ越してきた時、母はこのレコードを車の中に放置していたために熱でぐにょぐにょになってしまったことを大層残念がっていた。


後にヤフオクで同じレコードをたまたま見つけてリパっティのレコードと一緒にプレーヤーごとプレゼントした。


そのレコードをかけながら。


全集中で御加持させて頂いた。


音楽といえば、母と幼少期にみた赤毛のアン、母は大好きだった。


フランダースの犬、舘野泉の北欧シリーズ、カーメン・キャバレロの「愛情物語」のサントラ、ドクトルジバゴの「ララのテーマ」…


母の愛した音楽たち。


色々母と聴いていると母から苦悶の表情は消え、微笑みに変わった。


しばらく様子を見ていると、


「お父さんが足に砂を置いてくるから蹴散らしてくれる?」


と言った。


お父さんというのは私の父親ではなく、私の会ったことがない祖父のことらしかった。


私はどうやっていいか分からず、観想で砂を蹴散らして「こう?」と聞いた。


「そうよ、そうやって蹴散らして。」


午前3時。


私も体に限界が来た。


連日の徹夜と寒気と咳のせいでしんどくて立てなった。


「ごめん、お母さん。

ちょっとだけ寝させて。

もう限界みたい。」





私はいつもの椅子で母を見ながら眠りについた。