「マンドレイク・ルート」


赤い煉瓦造りの壁に切り出したブリキ製の看板が少し大げさなボルトで固定されている


ハリーが待っているであろう喫茶店の名だ

なんというか

店主は旧大英帝国民の末裔に違いない




店内に入ると柔らかなコーヒーの香りに出迎えられた


「これでサッカー中継でも流してたら完璧なんだけどな。」

思わず皮肉が口から漏れた


「あ?なんか言ったか?」
とD.D.

「いや、ハリーはどこかなってな。」


誤魔化してはみたものの肝心の待ち人が見当たらない


「やぁ、ケンじゃないか。」


声をかけてきた髭面の男性はは店主のロードさんだ

「こんにちわ。ハリー来てません?」


「ハロルド君ならあそこの隅に。ほら、アレだ。」

そう指で示した先に何かの印刷物に集中しているハリーがいた


「あぁ、ありがとう。あ、コーヒー二つお願いします。」


テーブルに近づいていくとその印刷物がただ者ではないことに気が付いた


「そんな書類どこで手に入れたんだ?」

いきなり声をかけられたハリーはさぞかしびっくりしたのだろう

座ったままジャンプする人なんか初めて見た



「あーびっくりした、でも興味あるだろ?」

少しも悪びれず答えたハリーの目は輝いている


「なんだそれ?」

期待通りの応えを得た彼は自信満々で


「今回の配属で俺たちが受領する機体だ。はっきり言ってバケモンだぜ。」


資料に目を通してみると只のスペック表ではあるが確かにとんでもない



「なにが書いてあんだよぉ。」


D.D.も興味を惹かれたらしい


「えーと、現行のそこらへんの一般機と比べると出力は軽く二倍以上、新装備として目新しいのは関節部のリニアジョイント方式と固定装備の胸部ガトリングマグナム、あとは環境に左右されない通信系統か。あれ?脱出転送装置なんか載ってんだ。へー。」


なるほど たしかにすごい


「けど親衛隊にしちゃあ火器がガトリングだけじゃ少しお粗末じゃないか?」



D.D.の言うとおりかもしれない


「ところがだ、こっちを見てみろよ。」


ハリーがファイルから別の書類を広げる

そこには各機専用設計の追加武装とそれに伴う頭部センサーの仕様変更案がデザイン図で説明されてる



「これは……開発者の好みだなぁ。」


D.D.が感嘆の声をあげる

そういえばコイツはミリタリーマニアだった


「しかも極上のな。責任者の顔を見てみたいもんだ。」


言い終わってハリーの表情が崩れる

「お前は感動しないのか?」

D.D.が俺に聞く

事情を知るハリーは必死に笑いをこらえている

しょうがない

「あー、その息子の顔なら実は目の前にぶら下がってるんだが。」




「は い…?」




混乱するD.D.を余所にハリーは下を向いて震えている





仕方ないので書類の表紙にある開発責任者の署名を指差しながら


「ケヴィン=ダウニング少佐は俺の親父だ。」





「コーヒーお待ち。」


放心していたD.D.が現実にやっと戻ってきた



「すげーなぁ。」


そういうとD.D.は考え込んでしまった



とりあえずコーヒーを勧めてみたが反応がない



呼吸困難から生還したハリーが別の書類を出しながらつづける


「これが外観デザインの決定稿みたいな。」



黒い機体に金のエングレービング

なるほど


「間違いない、親父の趣味だ。」


「いつロールアウトするんだ!来月には配属だよなぁ。」


白々しくハリーが俺に尋ねる



「もうできてるはずだよ、近いうちに詳細がくるはずだ。」


「なぁケン」


人の顔をじっと見ながらD.D.が口を開いた

なんだか気味が悪い


「お前の親父さんに頼めば軍部を通すより早く要望を通せるよなぁ?」


なるほど

言いたいことは解った


「言っておくが俺のできることがあるとするならばコクピットの消臭剤の銘柄の変更くらいだからな。」


と念を押しておかないと後が怖い



「そこをなんとかさ、話だけでも頼むよ。」

答える前にハリーの口が開いた

「これからケンの家に直談判しに行くか?」


まぁ 予想通りだ

「そうしてくれ。」


二人の顔を見ると諦めるしかないことは容易に解った






続く
いつもの空が広がっている―


空といってもコロニーの円柱がぐるりと宙を巻いているだけだ―


地球上に存在する天気はここには存在しない―

天気予報通りに日が照ったり雨が降ったり雪が降ったり―


といっても俺の住むコロニーである「ユニオン」は東欧をモディファイしているため曇が多い―



皇国士官学校を修了してそのまま教官職に任命され五年

この秋に異動になると通達があった


「短かった、のかな。」



「おーい」


人が感傷に浸っているのを邪魔するように後ろから声がした

その主には心当たりがある

「おーいってば」


「なんだよハリー。」



「おいケン、辞令見たか?」

「いや、まだだけど」


めずらしくスマートが身上のハリーが興奮している


「いいから早く受けてこいよ、ビックリするぜ。終わったらそこのサ店で茶でもシバこうぜ、待ってるからよ。」

と言うやいなやさっさと道を渡って行ってしまった

「付き合ってくれてもいいのにな」

独り言が漏れ出した

でもアイツがここまで言うなら相当なものだろう

しかし相変わらず口が悪い





だが士官学校といっても本庁舎のお膝元だ

このまま校舎から20メートル足らずの庁舎勤務にでも決まるものだと思っていた

「違うのか?」




少し緊張しながら見上げた掲示板には良くも悪くも期待を裏切る通知が貼りだしてあった



「~辞令


ケン=ダウニング准尉

ハロルド=ブラック准尉

デヴィット=ディール准尉


以上三名に皇国近衛師団への異動を命じる。

イヴィニオン皇国事務管理部~



見間違いじゃないよな?

反応に困った



近衛師団だと?


そんな部隊は聞いたことがない


ハリーの名前もある

同級生のD.D.の名も



「親衛隊、じゃなくてか?」


思わず声に出てしまった


「あら、ケンじゃないの、おめでとう。」

脇からの声で我に返る


ハリーの婚約者のキャンディスだ

士官学校を卒業してすぐ庁舎で勤務をしている


「っ近衛師団って!」


興奮のあまり声がでかいことに発してから気がついた

「聞いたことがないんだけど…」


噂は聞いていたのだろう

彼女はしれっと

「あぁ、総督を御守りする隊を新設するって有名な話、、、知らない?」



そういえば開発局で働いている親父が言っていた

新設される部隊に配備される機体は新技術が満載でどうとかなんとか



「あぁ、そういえばそうだった。ハハハ」


力の抜けた笑いにキャンディスは笑いながら


「すごいじゃない、ハリーもあなたもD.D.も。あなたたちは私の誇りよ。頑張って。」

そう言うと彼女は笑いを殺しながら階段を駆け上がっていった




「参ったな」


その場で放心していると後ろで叫び声が上がる



「なんじゃこりゃー?!」


間違いない

D.D.だ


「やぁデヴィット」


振り向いて彼に歩み寄ると今にも倒れそうな顔をしている

こっちには気付かない


「D.D.?」


顔を覗き込みながら訊ねるとやっと気が付いた


「あぁ、ケンじゃないか、実は俺に辞令が出てな…」


思わず途中で制してしまった


「キミの上の名前を見てみろよ」



笑いをこらえながら言うと釈然としないようすで書面を見やる



「…………」


俺と掲示板を交互に見ながら次第に笑みがこぼれる


「よろしくなD.D.、コーヒーでもどうだ?ハリーもいるんだ。カフェで待ってる」


彼は笑いながら頷く



「しかし参ったよなぁ」


俺が続けると彼は薄ら笑いながら


「どうした?相棒。」



相変わらず気の早い奴だ



「……いや、なんでもない。」


俺が困っているのは妹のエリカにどう説明するかだ

きっと心配するに違いない


んなこと恥ずかしくて言える訳ない…か


「独り言が多いんだよな」

そう誤魔化すと数歩前を歩く彼には聞こえなかった様子で

「あ?なんか言ったか?」


「なんでもない、早く行こうぜ。」



怪訝そうな顔をする彼を余所に俺も歩みを早める


コロニーの空は先刻とは違って青く晴れていた









続く
人類が文明を手に入れて幾千年―


その悪行に母なる星は遂に断末の叫びを上げた―



酸と鉄砂の嵐と歪んだ地軸に為す術もなく―


住処を追われた人類は宇宙に新天地を求め母の子宮を捨てた―


そして未だかつてない規模の国家が誕生した。


人類初の統一国家

イヴィニオン皇国である。






「そう、選ばれた民である我々の先祖が培い拓いたこの大地こそ新たなる母星であり故郷なのである。」



テレビ画面からイヴィニオン提督の演説が流れている。

就任演説当時の映像だろうか。


朗々と、時に重厚に、また激しく語りかける口調は中近代のヨーロッパのファシストそのものだ。

「未だ我らの故郷である地球には卑しくも汚いネズミどもが巣くっている。
まともな文明も知識も持たない彼らは地球を我が物と異解し汚染の限りを尽くしている。」


いつの間にか画面は最近の演説に切り替わっている


「我が同胞よ。国民よ。
今こそ彼らに教育を示そうではないか。」


カメラが聴衆を映す。

その表情は恍惚だ。




「神々の守護の元に選ばれた民である我々が愚劣な原始人に鉄槌を下そうではないか!」

「オォーッ!!!」


遂に悲鳴にも似た歓声が会場を包んだ。




こういった演説が流れるということは軍部に乱れが生じたか、

あるいはレジスタンスが活発に動いているかだ。



人類はこんなに高いところに住居を移しても少しも変わっていない。


ましてや悪くなる一方だ。



人類は何処に向かおうとしているのか。