新春 木村健一氏が残した作品とわが町中央区の今昔
炭鉱労働画家 木村健一氏(1938-2006)は 昭和13年11月 京都
市にて出生され 昭和22年7月 旧二瀬町中央鉱枦山社宅入居 昭和29年3月 飯塚市
二瀬中学を卒業 昭和38年 日本通信美術学園に入学 平成2年 筑豊洋画協会 に
その後 飯塚美術展協会賞 美術連合会賞 文化連合会会長賞
県知事賞 飯塚市市議会議長賞 県展に4年連続入選
され 平成18年9月 に逝去されました。
出来れば 筑豊風土坊館 で作品展示を考えましたが 諸事情のため わが町の
隠れた 炭鉱画家として 見ていただきたく 掲載させていただきます。
中央区という場所すらあまり知られていないのですが 飯塚Mr.Max の交差点より
横田の交差点南側のほぼ 旧穂波町(穂波イオン)・嘉穂高校北側 旧日鉄二瀬中央鉱
ボタ山(現在 花咲台団地)の市道 菰田・幸袋線くらいの範囲が 中央区と呼ばれ
ています。
この地区には以前 日鉄二瀬中央鉱 中央鉱病院 中央鉱の職員住宅・ 鉱員住宅
があり その中でも 日鉄二瀬中央鉱(現在のイオン敷地) 日鉄中央鉱石炭積み場や
枦山(はぜやま)住宅 桃山住宅 購買所 浴場 その他の商店等で賑わう時期があり
ました。
私が 中央区横田に 移転した時は(1988年) 市道 菰田・幸袋線 は家の前付近
で行き止まり花咲台団地・市道工事が始まった時で あんな行き止まりに家建てて!
と笑われた時期もありました。
筑豊風土坊にとっては 中央区の住人でありながら 木村氏の描く時代は 知ら
ないのですが 妙に親しみと 愛着を感じる 木村氏の画を見 地元の古参より故人
のお話も楽しく聞かせていただく風土坊です。 また これ以外の木村氏の作品も楽
しく見 保管させていただいていますので 見ていただく機会があれば--- ?
木村健一氏 の 作品 まずはご覧ください !
日鉄二瀬中央鉱本坑 木村氏画 写真・現在位置はイオン穂波店
日鉄八幡二瀬出張所 昭和23年当時の中央鉱付近の航測写真
日鉄二瀬中央鉱正門と本館(木村氏画) 昭和8年吉野初三郎鳥観図
博多往還(横田付近の松並木) 博多往還から見た日鉄中央鉱ボタ山
中央鉱ボタ山の給水塔(木村氏画) 中央鉱ボタ山からの眺め(現MrMax方)
旧幸袋線に掛かる金橋(中央橋) 昭和10年当時の中央区の町図
横川ため池横にあった石炭地熱温泉 幸袋線の貨物構内(木村氏画)
中央鉱の石炭積み場(木村氏画) 中央鉱ボタ山と右の火葬場煙突
枦山坑口付近 中央鉱ボタ山(現在の花咲台)
枦山交差点辻商店 日鉄購買会(現ゴルフ練習場付近)
枦山住宅からボタ山を望む 現在の枦山住宅付近を望
現在のボタ山跡(花咲台団地) 現在の日鉄二瀬中央鉱付近航測写真
市道菰田・幸袋線より旧枦山住宅方 現在のボタ山跡(花咲台団地方)
木村氏の食物スケッチ 木村氏の道具スケッチ
閉山後開発中の中央区付近航測写真 閉山のころの日通店とボタ山-1
閉山のころの商店街-2 日鉄二瀬鉱業所の閉山
昔のトロッコ道の堤防 平成元年当時の市道建設(右旧測研)
その後にMr.Max開店 現在は市道 菰田・幸袋線
(現在 中央区自治会長 筑豊風土坊)
新春 木村健一氏が残した作品とわが町中央区の今昔 終



































