「極める」ということはどういう定義で成り立つモノなのか


広辞苑で調べる限り「これより先はないというところまで行き着く」あるいは「残る事無く尽くす」と、いうことらしい。

けれど、この定義に当てはめたときふと思うことがある



果たしてこの世にその道を極めた人物が存在するのか?ということ


モーツアルトも、ファーブルも、レンブラントも確かに称賛を受けている。そして、憧れを抱く人も少なくない。
けれど、極めるという事の定義に当てはめたとき果たしてそれが合致するのだろうか。

そう考えると、定義とはとても曖昧で信憑性にかける部分もあるように感じる。そして"極める"という事において成し遂げた事のある人物なんて存在しないのでは無いかと思う。


あれ?その言葉の必要性が感じられない。


けれど、こと過程において努力をしている人が私は好き。例えそれがどんな形で残ったとしても、そう思える物に出会えた事がとっても誇らしいと解釈している。また、その意を説明する場合使う事によってより正確に伝える事が出来るだろう。

あれれ。そう考えると逆の結論に辿り着く




「極める」ということ
唯一無二の世界であるその領域は人を魅了する事に長けている。そして、それとして重要なのは、結果では無く過程だということ。

自己の感じ方より他人の判断
つまりは評価がつきまとう
到達点は無く完成も無い。



未完成であること
それこそが極めるということの定義として等号であり、一番相応しいものなのかもしれない。







そんな言葉遊びが好き(´・д・`)。


昨日も引き続きお部屋で仕事

集中すると寝るのを忘れる
そんな悪い癖。

誰が言ったの 人間の三代欲求


今日はこれから都内に行きます
終電間に合って良かった~

久しぶりでわくわくどきどき
楽しみだな。


イルミが好き
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そしてこのシーンの挿入歌が好き
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仕事合間に一休み
これも一つの至福の時。




…本当は一番クロロが好きなんだ。