親の介護、自宅で約8年間介護している。


一時は、夜何度も起され睡眠不足に!

オムツは排尿するたび以外に一日何度も交換!


仕事と両立できるよう頑張っているが、精神的余裕なく、いつもイライラする


しかし、親の顔を見るとこれでも親孝行が出来ていると思うとなぜかうれしい。


いままで父が存命の時は、介護の手助け、話相手など介護の仕方

などいろいろと相談相手になってくれて、頼れる人だった。


でも今は一人での介護、母親も一人の女性、女性用下着を買ったり

尿検査で女性用トイレに付き添ったりしなければならない

このような時は、周囲に誤解されないように気をつけたい。


否応なしに介護にのめり込まなければならない。


イライラしても、近所に胸の内を明かせる親しい人はいない。

父が逝ってからは、兄妹、親戚、友達との交流も薄れる傾向になった。


それでも、仕事も介護も大事なので、周囲に迷惑をかけることなく

向き合って行こう。

父が逝ってからは、公共のいろいろな手続きで

毎日、役所に通いの日々

と思ったら、四十九日(満中陰)の法要の時期が迫り

準備などで、忙しい!

これも、なんとか無事済ませたら、


もう2月、節分・立春と過ぎてしまった。


母の介護するにも、前よりだんだん身体がいうことがきかなくなり、

精神的にも、心配事が多くなってきた私。


母自身も、寝たきり状態、朝夜の判別もだんだんつかない様子

一日中、寝ている。


そんな時、役所の広報で、2月は『高齢者見守り強化月間』の知らせが

伝えられた。


内容は、いざという時に、近くに見守り、支えてくれる人がいると

安心できるのではないでしょうか?

誰もが必ず歳を取ります。

いつかの自分のためにも、安心して暮らし続けられる地域について、

一緒に考えてみませんか?


また、意識的な見守り・見守り=元気らかね、声掛け活動

見守る私も元気!・見守りは他人事ではない

『お互い様』と言える見守り合える、支え合える地域づくりの

輪を!!・・・・・と載っていました。




私のところは、母の介護保険サービスを利用しているので

ケアマネ・訪問看護などの介護事業者が「だいじょうぶですか!

なにかありましたか!」と声をかけ、見守ってくれています。

それは、とてもありがたく感謝しています。



私も近隣の高齢者の方々を把握しているので、見守りに関しては

とても気にかけているつもりでいますし

また、これからも見守り・支え合いをたいせつにしたいと

考えています。



しかし、これから先、災害や災難が起った時などは心配です。

たとえば、今の豪雪、また来るかもしれない

地震(東日本大震災)・豪雨(7.29豪雨水害)など




安心して暮らせて介護を続けられるだろうか!という私は

父を亡くして、母の介護がこの先続けられるかと落ち込んだ状態に

『 地域の皆さんが声を掛けてくれるから大丈夫と言う 』



私の目先が明るくなるような強調月間の課題、

地域の人々が見守り合う環境が出来るのかと・・・・?



とても、興味深い広報の記事でしたので、

これは、介護に少々疲れてきた私にはよい話であり

行政に期待したいと思っています・・・・・・・・・・・!!



まじめに書いたが、要は、介護にくたびれた私の願望か!


















末期がんの父に最期が来ました。


私は何時ものように朝6時に家を出て、父の病室に行きました。

病室に入ると同時に看護師さんが、夜中1時ころ呼吸が荒くなり

体調が悪くなって危険な状態になって来たので、帰らないで下さい。


と言われ妹に連絡  病院に駆けつけて来た


この日、母はショートスティに出かける日だった、母を連れて戻って

来るので頼むと言って自宅に帰った


母を無理やり起し、用具をカバンに詰め込み、母を抱きかかえて車に

乗せ、いざ出発


携帯が鳴った、父が最期!!と妹の声

母を乗せた私の車は渋滞にはまって動かない


やっと病院の入退院口に到着、母を車から車椅子に移そうと思っても

あせっていてうまく乗せられない、そこえ母のお世話になっている訪問看護師さん

が出勤、私たちを見つけ手伝ってくれた


母を預け、車を駐車場に置き、礼を言い病室に間に合った


朝8時30分、父の呼吸が止まった、医師が駆けつけ8時35分死亡宣告


父は去って行った   母兄妹は最期を看取ることが出来た


朝10時40分ころ、父の病院から出る車を見送り、ショートスティの施設

に母を送って行った


父の葬儀のため少し長い泊になる、母のことをスタッフにお願いして

父の待つ自宅に戻った


私は、父のために一生懸命取り組んでくれた医師

入院で世話になり、最後は母のショートスティの施設の入口まで

送ってくれた入院病棟の看護師

車椅子の移動に手助けしてくれた訪問看護師

の方々に感謝いたします


父がいなくなって、私と母だけの生活、心に穴が開いたように感じるが

この先母の介護はまだまだつづく・・・・・・・・・・