昨日は避難所になってる小学校で炊き出し!!



私は午前中学校だった。


授業終ったら、ソッコー手伝いに行きました。



急いでいったから、制服…。





ラーメンと焼肉の臭いが凄いです(笑)



ファブリーズのおかげで、今朝は良い匂いです(笑)






昨晩は、お風呂に入るまで、身体中がラーメンと焼肉の臭いでした!\(^^)






昨日も、一昨日も、
沢山の人の笑顔が見れた。



めちゃくちゃ嬉しかった!








昨日はテレ朝とか来てたな…




テレ朝……?




テレビ朝日……?





……ワープロ∀(笑)










新聞記者も来てたー








携帯で調べたら、ニュースになってたぁ☆















昨日は、後半小雨だったけど、
楽しかった。





いいことばっかりあった!












もう、炊き出しボランティアはないけど、



ボランティアはこれからもどんどん参加していきたい!














昨日は炊き出しが終わって、学校に戻った。


そして、




14時46分

みんなで黙祷した。







なんか……





やっぱり…













凄い寂しかった…












辛いよ……





















もう1ヶ月経った…







早いな…












前を向いて、生きていこう。
03/11

いつも通り起きて登校。

いつも通り授業。

お昼休み、友達の里美に誕生日おメールを送る。

いつも通り午後の授業。

六時間目(古典)の最中だった。

14時46分に 揺れを感じた。
その揺れは次第に大きく揺れ、しかも長時間だった。

初めて体感した、あんなに長く激しい“地震”を。


教室は悲鳴とザワメキでパニック。

先生が机の下に隠れなさいと指示。

しかし、一向に止まらない激しい揺れ。

他の先生が走って 各クラス見回る。


一部の
男子はザワザワ、
女子は号泣悲鳴。


私は 硬直…。
パニック状態ではなかった。



長く激しい地震が収まったと思ったら、

次は大津波。


学校の目の前に川がある。

ベランダに出たら、
川の水面が異常だった。


サイレンが鳴り響き、すぐにデカイ波がきた。


今までに見たことがない大きな水のかたまり。


“津波だぁー!!”
みんなが叫んだ。


ほとんどの生徒がベランダに出て
尋常じゃない大津波を見た。


みんな声が出なかった。


土手がなかったら学校もヤバかった…。


土手の反対側にも学校のグランドがあった。


土手ギリギリまで波がきていた。

グランドのライトとかサッカーゴールとかポールとか…
次々に波にさらわれていった。
海から大きな船や土木が流れてきた。


信じられなかった。



地震と津波の影響で、
停電。水道管は破裂。
携帯は圏外になってしまった。
でも携帯のワンセグは見れた。

ワンセグで見たニュース…。

生中継になることがほとんどない岩手が…
放送されていた。

地元も放送されててビックリした。

市街の方がもっと凄いことになってたことを知ったときは、本当に信じられなかった。



何度も何度も起こる“大きな”余震…。


その度に、机の下に隠れる。

避難訓練でしか、こういう行為をしたことがなかったから、
毎回毎回かなり焦った。



目の前の川の水位が一気に下がったとき、

“また来る”と皆が叫んだ。

案の定、また第2波、第3波が来た。



驚愕、恐怖 だった…。




auの携帯の人が保護者と連絡がとれた。

『家は大丈夫?家族みんなは?○○辺りは大丈夫?△△辺りは大丈夫?』と連絡していた。

ダメだった地域を呟いたとき、それを聞いた別の生徒が泣き崩れた。

“自分の家が流された”と泣き崩れていた…。


その光景を見た私も含めた他の生徒たちは、何も言うことができなかった。


ただ泣いている子・過呼吸になっている子のを肩を抱くことしかできなかった。



停電だから電気も暖房もつかない。

次第に辺りは暗くなり、
カーテンを取り外し、みんなで膝掛けのようにして、寒さをしのいだ。



“学校から帰せない”という先生の指示があった。

それはそうだろう。

市の半分は壊滅し、学校は避難所になってるから、学校にいた方が安全なのだ。

家や家族が心配のなかだったが

半分以上の生徒が明るかった。


落ち込んでてもしょうがない
という考えがみんなにあったのだろう。



夜になり、なぜか男女別けられた。д

みんな仲良いから、『別けなくてもいいじゃーん!』と反論する声があがった。
私も寂しくなるから反論したが、
ここは高校みんな高校生。

そりゃ男女別けるわな~



避難所になってる学校には、続々と避難してきた地域の方々がいた。


少しでも空き部屋を作るために
2つのクラスが一つの教室に入れられた。

寒さがより一層ましてきたから、
先生方が行事で使う暗幕を二人に一つ配った。


600人くらい居た生徒。
先生方も大変だったと思う。

真っ暗な教室だったが、みんな明るかった。



津波も落ち着き、“保護者が来たら帰って良い”システムに変わった。


学校一イケメンの先生:ヨウスケ先生が
保護者が来た生徒を呼びに教室に来る。
ヨウスケ先生が来る度に、生徒は緊張。


果たして自分は呼ばれるだろうか、呼ばれないのか…
呼ばれないってことは、保護者は今どこで何をしているんだろうか?

という気持ちが皆の頭を過る。



21時過ぎだったろうか…
幸い、ヨウスケ先生に私の名前も呼ばれた。

すぐに帰る準備をした。

まだ教室には半分以上の生徒がいた。
学校にはまだまだ何百人もの生徒が残っていた。

1人1人 複雑な心境の中、帰宅する生徒に温かい言葉をかけてくれる友達。

『気を付けてね!!』


人って温かい。


昇降口に向かうと、受付のところに、数人の先生と子供を迎えにきた保護者がいた。


その中に 大好きなオトンもいた。

走った。

走っていった。

その後、オトンと家まで帰りました。



町は真っ暗でした。

あんなに真っ暗な町は見たことがありませんでした。

車のライトと警察のライトしかない。

道路は大渋滞だった。




やっと帰宅したら、家族みんな無事だった。

メチャクチャ安心しました。



ロウソクと懐中電灯の灯りで過ごしました。



夜中もずーっと余震が続きました。




たくさんの人の生活を180度変えてしまった日でした。








P・S

地震後、圏外になってしまったため携帯が使えませんでした。
家の電話も使えませんでした。


心配してくださった方々、連絡が出来なくて申し訳ありませんでした。


たくさんの電話、メール、メッセージ、
ありがとうございました!

メチャクチャ嬉しかったです!(涙)





本当に私は大丈夫です!^^




今日、
ボランティアに行こうと思い、雪の中、友達と各地の避難所を行きまくりましたが、


警察と自衛隊がたくさんいて…

避難所は人手が足りてました。


だから、

久しぶりに学校に行きました!

職員室に行って、
たくさんの先生に安否情報を報告しました。


安心した顔を見たら、私も安心しました(涙)





まだ、連絡が取れてない 親戚・友達・知り合い が沢山います。

















神様、お願いです。






1日でも早く連絡を


1人でも多くの命を


1秒でも短い余震を


1センチでも低い波を


1つでも多くの支援物資を












神様………



お願いします……