・想いやる 人 ( 二 )
会社の駐車場に車を止めた神野洋介は、助手席に座る由香に声をかける。
「・・契約もできたことだし、 挨拶してから 帰りましょうかね・・」
「そうですね、私は 先に御手洗いを済ませて・・」
洋介は、ふと 由香さんを待とうかと思ったものの、事務所内へと入って行く。
車の鍵を所定の位置に掛け、社内の席を見るとまだ4・5名の人が残っている。
総務の方に書類を提出し終え、一言挨拶をしてから帰ろうと奥の席の方へと歩いて行くと、奥田支店長と目が合った洋介。
「きょう、オープンハウスの西隣の一軒が契約整立しました。和久井さんの笑顔をもっての案内が功を秦したようですね」
「・・おぅ、それは良かった」
すこし 遅れて入ってきた由香に 支店長は声をかける。
「・・やはり、適材適所だな。契約成立したと聞きましたよ。ご苦労様」
微かに笑みを浮かべた洋介と 由香。
「 今日は これで、お先に 失礼します」 。「失礼 します 」
「お 疲 れ 様・・ 」
会社を出ると駅に向って 並んで歩く二人。 行き交う人達も退社時刻がほぼこのような
時間ともなれば、駅に向って歩く歩調も心なしか速くなるように感じる。
洋介と由香は、乗る路線は同じなのだが、以前耳にした記憶によれば、洋介さんの住まいは、いつも由香が使う駅から3駅ほど遠くにあったように記憶している。
「私の降りる駅のすぐ横にもコーヒー専門のお店もあるんですけど・・、
神野さん〇〇駅って、おっしゃってましたよね。・・その駅の近くって、どのような雰囲気ですの?」
「・・さほど商店とかは多く なくって、、昔ながらの喫茶店の看板だけを掛け変えたかのようなカフェが、一軒あるんですが・・」
この先の、いつもの駅の近くにあるマ〇〇でもいいのだが、、もし、知っている人達にでも、、
洋介さんは、ほんとうに私と、、お茶とか、ご一緒する気でもあるのかしら・・。
毎日わたしが乗降する駅のすぐ傍には、コーヒー専門を主としたファーストフードも有り、彼も時にはコーヒーをたしなむ姿も見かける・・。
洋介は時計を見ると、もうすぐ電車が来る時間。
「すぐに来るから、それに乗りましょうか」
「 ・・そうですね 」
改札を入っていくと、、どの列にも十人近くの人達が並んでいる。
ホームに入ってくる電車が見えたところで、すぐ目の前の列に並ぶ洋介と由香。
何気なく振り返り見た、その後ろにも 数名の人達が並ぶのが見える。
多くの通勤の人達が帰りに就くこの時間。混雑を避け、少しの時間はあの会社の近くのマ〇〇で時間をつぶして居てもよかったのではないかと、、そうすれば、由香さんと話す時間も採れたであろうにと、後になって洋介は悔やんだ。
それでも、人の流れに沿って乗り込み、、多少なりとも混雑を避ける所へと・・
彼女をかばうかのように窓際に寄せ、洋介は 由香の後に立った。
しばらくすると、、 ガクッ と発車するときの小さな揺れが・・
ぁっ・・ 今にも 出そうになる声を 堪える由香。
思わず彼女の腰に両手を当てた洋介は・・ いや、彼女を支えたのではなく、自分の揺らぐ身体を支えてもらった というのが正しいのかもしれない。
” いいの よっ、 チカンッ って声は あげないから、しっかりと 私の身体に掴まって
らっしゃい 。 ぅふふっ ”。 素知らぬ顔で 車窓を見やる由香。
咄嗟に 彼女の腰を掴んでしまった洋介ではあるが、、平然を装い、そのままの姿勢で居ることにした。 その おかげで、見知らぬ女性に身体が当たることはかろうじて
避けることはできた。 彼女の 襟足から、、とも思える微かな化粧の香り。
彼女の耳元に小さな声で囁きかける。
「・・〇〇駅でしたよね。僕も降りますよ・・」
彼女は、了解 しました と ばかりに頷いて返す。