日常生活を送ること全てを家事と言うなら、家事というのはものすごく多い。
ぱっと思いつくだけ書き出してみました。
(夫が担当しているものや、息子が担当しているものもあります。)
こっちに来て仕事でいっぱいいっぱいの夫と、比較的自由の多い私。
古民家の維持管理、買い物等の家事がほとんど私の仕事になっています。
(夫の仕事は、私ができない大きな修理をしているのと、ゴミだし、食器洗い。
たぶん、夫は、比較的家事をしている方に入るのでしょうが、夫のしていることは、決まりきったことだけ。
そして、それもお膳立てしておかないとしてくれないこともあります。)
もともと家事が面倒で、働きたくて、マンション暮らしを選択していた私。
(以前から読んでくださっている人はご存じかもですが食洗機にルンバ、お風呂もボタンひとつで勝手に入る、献立、食材調達はヨシケイ。(^_^;)
古民家に住むにあたり、覚悟はしていたとはいえ、ここまで一人にまかせきるのかと腹が立ってきて、夫に、
「もう少し、家に関心をもってほしい。
物がたまってきていたら自分も片付けるなど、してほしい。」
と伝えました。
で、夫からの返事。
「ぼくは、察するとか無理だし、毎日帰ってきたら掃除をする。」
まあ、ええんやけど(^_^;)
1日コンスタントに10分掃除したらそんなに汚くならんやろうし。
でも、気遣いって、できたらええよね。
なんて思うけど、そこからは、夫の課題だし。
私の問題は、汚くても、ほったらかしでも自分が号令をかけない限りきれいにならないことだったし。
家事を書き出してみたら、まあ、多いこと。(上の写真参照)
細々したことがすごく多くて、家をまわすって、相当な技術を要していることを実感。
昨年、一昨年の2年間、夫が時短勤務してくれていたけれど、細々したことは、私が担当していました。
余裕がなくなって家計管理ができずストレスがたまっていたけれど。
でも、日用品や調味料が切れないように気を配るのは、ずっとしていました。
家をまわすって、ほんと、大変なことですよね。
女性の社会登用ってよく聞くけど、家をまわすことの大変さ、わかってるんやろか。
子どもたちが家をまわせる人になるように教育していくことの大変さ、わかってるんやろかって思う。
保育園にあずけたら、お迎えだけじゃなくて、おむつやお着替えの準備したり、エプロンや水着の準備したりせなあかんこと知ってるんやろか。
紙に書いたのは、子育てに関することは書いてないから、上の写真プラス子どもに関することやからね。
仕事でいっぱいいっぱいって、言葉はええけど、人生でそんなときがあってもええけど、永遠にってのは困る。
仕事さえすればよい、勉強さえすればよいというのは、私は間違ってると思う。
一人の人として、ちゃんと生きている上での仕事なり、勉強やと思う。
今は、コンビニで何でも買えてしまうし、なんとかなってしまうけど、子どもたちはできたらきちんと暮らしたいと思ってくれて、暮らせる人になってほしいと思ってます。
まあ、大きくなってどうするかは彼らの問題やけど、きちんと暮らした経験だけはさせてやりたい。
そんなことを考える今日この頃。
「きちんと生きる」
「あたりまえのことをあたりまえにする」
簡単なようでなかなかできないこと。
そんなことをストレスなくできる日まで精進して生きていきます(*^^*)
こういう記事を出すと、夫にまだ怒ってるの、と言われてしまいそうですが、うちの夫だけでなく、家事ってひとくくりに言うけど、ものすごく細々したことでいっぱいって知らん人きっといると思って。
うちの父親とか、
「家のことができるんやったら働いてよい。」
みたいなことを母に言ってたし、今も、そういう男性まだいてると思うけど、
「家のことって、そもそもどれだけあって、どれだけのことをしてもらって自分の生活がとどこおりなく過ごせてるのか知ってるんかい。」
と思ってね。(こういうこと言う人はこういうの読まへんのやろけど(^_^;)
一人ひとりが自分でいっぱいいっぱいじゃなくって、まわりに少し関心を持てるようになったらええ世の中になるんちゃうかな。
それでは、今日はこのへんで。
長文お読みいただきありがとうございました(*^^*)
No. 547