野球を辞めたのが10月頃。

アルバイトは続けていたが
野球しかやってこなかった
僕は、次にやりたいことなんてすぐに
見つからなかった。

辞めた後の2週間は全く
やる気が起きず、実家で昼に起きて
夜勤のバイトに行くという生活を
繰り返していた。

流石にこのままだったら
まずいと思ったので
アルバイトは続けながら
就職活動をすることにした。

なんの仕事をしたいのか
どの方向に進むべきなのか
全くイメージがつかなかったので
人生相談を兼ねて
一度もお会いしたことはなかったが
messengerを利用し、ずっと尊敬していた方に
連絡を取った。

12月1日、遂にお会いできることになった。

話したことは、
自分の人生に責任を持つこと。
人を喜ばせること。

極端に言えば
雨が降っても自分の責任ということだ。

最近はtwitterを開けば
仕事がめんどくさいだったり
上司がウザいだったり
このような言葉を発する人が多く感じる。

しかし、よく考えてみると
この環境を選んだのは、全て自分な訳で
誰かに強制されて、働かされてる人など
いないはずだ。

自分が結果を出せば、上司からも
何も言われないはずだ。

僕も今までは、人のせいにした方が
楽だし、ストレスも減るから
その考えに逃げがちだった。

そして何より、僕は23歳にもなって
両親に頼ってばっかりの人間だった。

こんな生活を23年間も続けてきたので
すぐに性格なんて変わらないと思うけど
ほんとに変えたいなら、
明日から実家をでて、全て自分の責任で
生きろ。と言われた。

アルバイトしかしてなくて
東京のど真ん中に住むのは難しいと
正直思ったが、ここまで言われたので
僕は、行動するしかなかった。

僕の給料では
普通のアパートに住むことが
できなかったので
バイト先が近かった、秋葉原周辺でシェアハウスを探すことにした。

次の日には契約を済まし
シェアハウスに引っ越した。

やはり、家賃が安いこともあり
この環境は正直相当きつかった。

部屋はシングルベットが1つと
小さい机がギリギリ入るような
かなり狭い部屋。

当たり前だが
シャワーも洗面所も冷蔵庫も洗濯機も
全て共有。

全員で5.60人くらい住んでいたが
正直、かなり不潔な方も多くて
本当にキツかった。

このとき感じたのは、
全てを自分の責任で生きると
この生活が限界。

今までいかに両親のお陰で
いい生活をさせてもらっていたか
痛感した。




2つ目は人を喜ばせること。
これは猛烈に意識する必要がある。

前のブログでも書いたが
僕がプロ野球選手になりたかった理由は
自分が有名になれるから。

周りに夢や子供を与えるなど
正直、何も考えてなかった。

そんな考えだったので、
両親やチームメイト、僕の野球で
関係した方々にひたすら、
与えてもらっていただけで
一方的に奪うことしかしていなかった。

ビジネスでも、この考えは一緒で
お金が自分の財布に歩いて入ってくるなんて
ありえない。

お金は人が払うもの。
そのために人を喜ばせ続ける。

どんな業界でも最終的には
この考えになると思っている。


僕が独立リーグの新球団を
作りたいと思ったのは
「人を喜ばせる」ことを考えた時に
僕ができることといえば
野球やスポーツ関係のことだろうと
思ったからだ。


これからは常に人を喜ばせる側でありたい。