第七章 9条への率直な逐次批判と考察
第一節 ①の第一項に対する逐次批判と考察
<一>正義と秩序を基調とする:後ろめたいからこそ
<二>この文言の内容
<三>国権の発動たる
(1)国権
(2)はじめは宴会だった
(3)武器を造るから戦争を起こすのか
(4)左翼は表で平和を云い、裏で暴力を肯定する
(5)普通の人は武器所持を否定されるが奴隷はケンカそのものを否定される
<四>武力による威嚇または武力の行使は、
(1)武力による抑止力がないと侵略される
(2)消極的受動的威嚇は平和の為の抑止力に成る
<五>全ての個人レベルから国家レベルまで
(1)家庭内暴力と抑止力
(2)法の下の力と法の基の力
<六>国際紛争を解決する手段としては、
<七>永久に、これを放棄する
第二節 ②の第二項の逐次批判と考察
<一>前項の目的を達するため、
(1)目的
(2)「馬鹿正直の傍迷惑」読み
(3)全く違う読み方
(4)国際紛争を解決するシステム案
(5)武器よ、さらば論
<二>陸海空軍その他の戦力は、
(1)プラスチックビニールその他
(2)「の」の意味
<三>「その他」とは
<四>読点・の・と・や
<五>例えば、遠足では
(1)状況的に順:あり得るかも
(2)状況的に逆:ほとんどあり得ない
(3)状況的に順と逆
<六>国の交戦権は、これを認めない
<七>まとめ(おわりにかえて)
2017年8月28日公開
2021年11月1日改正
2025年10月11日改正
二本 元 著
A4版・タブレット巾でP145 PC・タブレット可能
<以下はリンク目次です>
第二節 ポジティブリストで縛り過ぎると自由が縛られるようになる
第四章 自由と平等をポジティブリストとネガティブリストから考える
<はじめに>
国際情勢、環境問題、自然災害、感染症対策、どれをとっても緊急を要します。
9条改正
緊急事態条項
その他もろもろ問題あり
憲法改正こそ緊急を要します。
第一章9条は平和主義の美名に隠蔽された人権侵害条項
<第2章 憲法9条の全文>
第2章 戦争の放棄
第9条
①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
第一節 生存権と正当防衛権
<一>正当防衛権は基本的人権であること。
(自己又は他人の権利)
この9条を素直に、“額面通り馬鹿正直読み”で理解すればどうなるのでしょうか。普通の人なら、ある種の感情がこみ上げてくるのを禁じ得ない事でしょう。なぜなら、この条項は“正当防衛権”さえ否定しているからです。この正当防衛権のより根源的権利根拠は「生存権」です。
この権利は全ての生命体、生物に属する普通に自然に存在する“自然権”でしょう。この権利は社会的に他者依存的に、自動的に生存が保障されるという意味ではなく、自分の生存のために正当防衛的に反攻し戦う権利のことです。(いわゆる自然に属し、自然の、自然による、自然の為の唯一と言える権利です。神の法としての自然法あるいは形而上的意味ではなく)
これは、基本中の基本の権利でしょう。基本的人権の根本的権利が生存権です。そして、生存権から必然的に導出されるのが、正当防衛権です。(自分で自分を守る権利=正当防衛的戦う権利)この権利が見事に否定されているわけです。つまり
生存権➔全ての生物体の権利➔人間の権利➔正当防衛権
(1逃げる権利、2正当防衛的反攻権)
なぜ、生存権が直ちに、正当防衛権に繋がるのでしょうか。それは、自然界には基本的には誰も自分を守ってくれる者がいないからです。守ってくれる公平な第三者がおりません。その様なルールもありません。ですから、自分で自分を守るしかありません。その時、正当防衛的反攻権が行使されるわけです。それが、自然です。
(二)自然には「生存こそ善」が絶対指令としてある
(自然には善も悪もありませんが比喩としての善)
自然界にあるのは自己無限責任的生存権です。ですから、生命体は何が何でも、生き残るために、自分の持てる力の限りを尽くして戦い、逃走して生き延びようとします。なぜなら、自然の全生命体には明らかに絶対指令がその遺伝子に組み込まれています。すなわち、「生存こそ善」という絶対指令です。それが正当防衛権の根拠です。つまり生存権と正当防衛権は表裏一体です。
ここに自然の生存権がなぜ人間社会に適用するのかと言う事が問われるでしょう。それは、人間の身体性からくるのです。つまり人間の身体はあくまでも自然性を持っているし、それは「純粋自然」から自然性のDNAを継承しているからです。
人間は心(理性、良心、感情、愛、等)と共に身体性を備えています。この身体は自然性そのもの、あるいは自然の本質を受け継いだ継承体そのものです。つまり、人間がいかに社会の文化文明を高度に構築しようとも、自然性(分かりやすく言えば自然野生性)を消し去ることはできないのです。しかも、ときにその自然性が社会の中で発現することが多々ある訳です。
「憲法前文」で生存権(基本的人権)を高らかに謳いながら、この9条で日本国(日本国民)の生存権(=正当防衛権)を完全に否定しているわけです。これは前文との矛盾です。前
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