書きたいことは山ほどあるのになかなか書く暇がなく…

今一番悩んでいることから書きたいと思います。

春に起きた熊本の震災。私は大分に住んでいますが、とにかく経験した事のない揺れが毎日続き、落ち着かない毎日を過ごしていました。

同時に川内原発は大丈夫なのかという不安。震源地をみたら川内にとても近く何事も起きませんようにと祈っていました。

福島原発の事故後、生活が変わりました。食事に関しては、元々添加物云々は摂らない生活をしていました。農薬や添加物を避けるのも結構神経質を使います。その上放射能汚染の事も上乗せされたので、食材の幅が狭くなりました。

今まで毎年楽しみにしていた東北地方の果物。サンマやホタテなどの海の幸。子供に伝えたい味が色々あったのに、伝えることができない悔しさ。

いっそ諦めて何も気にせず食べようかと考えた事もあります。私はもうだいたいの好きな事はやってきたし、後は娘が成長するのを見守るだけ。でも娘はこれからの身。確実に私達大人より体に蓄積されていくものは多いと思います。そう考えると、やっぱり諦めることができず、今も試行錯誤しながら食材選びをしています。

もし、福島と同じ事が川内や伊方で起きたら。子供をどうやって守ろうか。主人と色々と話した結果、2年前に沖縄への移住を考えました。主人も私も幸い専門職で、就職先はすぐにみつかりました。しかし、身内からの猛烈な反対に遭い、2年前の移住は諦めました。

今回熊本地震や、伊方原発の再稼働の事があり、再び沖縄への移住の話を主人としています。

今回は身内からの反対はなく、私達夫婦に判断を任せると言われています。

実際に沖縄へ行き、下見をしてきました。思っていたより住みやすそうな印象を受けました。

沖縄に仕事で10年近く住んでいた方の話を聞く機会があり、移住しようか考えていると話すと、子供が小さいうちはナイチャーと呼ばれ辛い思いをする事があるかもと言われました。また、我が家は1人娘なのですが、大きくなってから女の子は心配だと言われました。

沖縄の色んなニュースをテレビやネットで2年前から時々チェックしていますが、頭を過るのは暴行事件の事。沖縄に住んでる女性全員が危ない経験をするわけではないですが、ニュースに出るのは氷山の一角だと聞き、移住への決心が少し揺らいでいます。

また、伊方原発差し止めの原告団に両親が先日加入し、そこで出会った色々と詳しい方に母が話を聞くと、沖縄の基地があった場所からは、高濃度のレベルを超えた量のダイオキシンが検出される話や、基地内に持ってるものの話などを聞き、ちょっと驚いてしまいました。

このまま、大分に住んで何かあった時に逃げるのが良いのか、何か起きる前に逃げるのが良いのか、本当に迷ってしまいます。

このブログを読んで、バカだなぁと思う方もいらっしゃると思います。私のただの記録として残している部分もありますので、どうぞスルーして下さい。

福島の事故後、沖縄にお子様やご家族と移住された方がいらっしゃいましたら、是非情報交換などができたらと思います。

沖縄の歴史の事も考えながら沖縄へ下見へ行きました。青い空、青い海。この地で悲しい事が起きた時も、変わらず空も海もこんな美しい色だったのかなと思うと、写真を撮るのが心苦しい気持ちでした。

私みたいな気の弱いのがそんな事考えながら足を踏み入れると憑くよと、娘の小児鍼の先生に言われていましたが、沖縄に滞在中すこぶる体調が良く、自分でも不思議な感覚がしました。本当に。ちなみに、小児鍼の先生は先日沖縄へ渡り脈診や講演会をされてきたそうです。先生は沖縄での遺骨収集や供養もされていて、心から尊敬してしまう程の考えと精神力を持たれている方です。

私の体調が良かったのは、今思うと朝から島野菜を食べ、とにかく食事に色の濃ゆい野菜や島野菜を食べたからかなと思います。

沖縄の野菜は、土や海風、日光の影響で抗酸化力も栄養価も高いから、暑い中でもクラッともせず元気に過ごせたのだろうと思います。

あんな野菜を食べていたら、長生きするのも納得できます。

魅力的な部分も不安な部分もある沖縄移住。毎日どうしようかなと悩んでいる私に主人は、子供のために悩んで出した答えなら、それが沖縄移住でも大分に残るのでもどちらも正解と言います。

私はよく、来年の今頃は…とよく考える事があります。来年の今頃、このブログを読み返した時に娘にとって良い選択をしていますように。