日菜太BOUT WIKI

BOUT WIKI

日菜太

編集

日菜太本名渡辺 日菜太通称湘南王子[1]
湘南の太陽
湘南の腕殺し性別男性国籍日本誕生日1986年8月26日(36歳)出身地神奈川県平塚市身長181cm体重70kgリーチ階級ミドル級(K-1)所属湘南格闘クラブ

日菜太(ひなた、1986年8月26日 - )は、日本のキックボクサー。本名は渡辺 日菜太(わたなべ ひなた)。神奈川県平塚市出身。湘南格闘クラブ所属。

左ミドルキックを得意としており、左ミドルのみで相手を圧倒することも多い。他にも「左だけで7種類の蹴りを使える」と話す通り[2]、ローキックや三日月蹴りなど様々なキックを得意としている。

神奈川大学理学部化学科卒業。K-1初参戦3日前の2009年2月20日には大学の卒業研究発表を行った。

獲得タイトル

プロ

初代R.I.S.E.70kg級王座

アマチュア

KAMINARIMON 70kg以下トーナメント 2005 優勝

来歴

小学生の時、母親の影響で空手を始める。

2004年、平塚学園高校3年でサッカー部を引退した後、市内にあった湘南格闘クラブに入門。

2004年9月5日、第5回PRIDEチャレンジで高橋基希と対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。

2005年3月27日、R.I.S.E. KAMINARIMON 70kg以下トーナメント(8人出場)で優勝を果たした。

2005年6月19日、R.I.S.E.でプロデビューするも、吉川英明に判定負けを喫した。

2007年12月16日、R.I.S.E. DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '07に出場。1回戦で拳士に判定勝ちしたものの、準決勝で龍二にKO負けを喫した。

2008年3月2日、K-1 JAPAN TRYOUT(ミドル級)を受験し、合格を果たした[3][4]。

2008年5月11日、R.I.S.E. 46で初代70kg級王者決定戦進出を賭け白須康仁と対戦。2Rにバックハンドブローでダウンを奪うなどして、判定勝ちを収めた。

2008年7月4日、R.I.S.E. 48で龍二と初代70kg級王者決定戦で対戦し、判定勝ち。初代R.I.S.E.70kg級王者となった。

2008年11月30日、R.I.S.E. 51のメインイベントでHAYATOと対戦し、判定勝ち。K-1 WORLD MAX 2008 ~日本代表決定トーナメント~で準優勝を果たしたHAYATOに勝利したことで、試合後には「R.I.S.E.のチャンピオンになったので、今度はK-1でもチャンピオンになりたい」とK-1参戦をアピールした。

2009年2月23日、K-1 WORLD MAX 2009 ~日本代表決定トーナメント~でK-1初参戦。トーナメント組み合わせ抽選会では1回戦で前年度日本王者の城戸康裕との対戦を希望し、実現。2Rにパンチでダウンを奪われるも、それ以外の場面では得意の左ミドルキックの連打で圧倒していたためポイントはイーブンとなり延長に持ち込み、左ミドルで完全に城戸の右腕を破壊して判定勝ち。しかし、大会前から鼻骨を骨折しており、それが悪化したため準決勝はドクターストップとなった。

2009年7月13日、K-1 WORLD MAX 2009 FINAL8で、ジャバル"チンギスハン"アスケロフと対戦し、延長戦で判定勝利を目前でダウンを奪われ逆転の判定負けを喫した。

2009年10月26日、K-1 WORLD MAX 2009 FINALでマイク・ザンビディスと対戦し、ローブロー気味の左ローキックでダウンを奪い判定勝ち。再三にわたってローブロー気味の蹴りを蹴っており、2度にわたってローブローでザンビディスがリングに倒れこむシーンもあり、ダウンはその直後だった。しかし減点、注意は無かった。

2010年1月24日、1年2か月ぶりの参戦となったRISEでオ・デュソクと対戦し、大差の判定勝ちを収めた。

2010年3月27日、K-1 WORLD MAX 2010 ~-70kg Japan Tournament~に出場。トーナメント組み合わせ抽選会では前年度K-1 MAX世界トーナメント3位の山本優弥を自ら1回戦の相手に指名。「事実上の決勝戦」と評されたこの試合でも得意の左ミドルキックで山本の動きを止めて激戦の末に判定勝ち。続く準決勝では中島弘貴にKO負けを喫した。

その後、2010年7月5日に開催されるK-1 WORLD MAX 2010 ~-70kg World Championship Tournament FINAL16~の70kg級世界トーナメントの2つの推薦枠へのファン投票が行なわれたが、日本トーナメント準優勝の中島弘貴が1位、1回戦で日菜太に完敗した山本優弥が2位となり、日菜太は落選となった。

2010年7月31日、RISE 68で、以前から日菜太がライバル視して対戦を熱望していたK-1 WORLD MAX 2008準優勝のアルトゥール・キシェンコと対戦。この試合は減量苦のキシェンコの希望により71kg契約で行なわれた[5]。試合は序盤から激闘の末に、3Rに三日月蹴りをキシェンコの脇腹に直撃させて大番狂わせのKO勝ち[2]。

2010年9月18日、初参戦となったシュートボクシングでアンディ・サワーと対戦。開始48秒スタンディングチョークスリーパーによりタップアウト負けを喫した[6]。

2010年11月8日、K-1 WORLD MAX 2010 FINALのリザーブファイトでアンドレ・ジダと対戦。1Rに左ミドルキック、2Rに左ハイキックでそれぞれダウンを奪い、3-0の大差判定勝ちを収めた[7]。

2011年1月23日、REBELS初参戦となった「REBELS-EX ~HINATA's wave~」でチェ・ウヨンと対戦し、左ハイキックによるKO勝ち。自身の名前が冠された興行のメインイベントを締めくくった。試合後は「日本人最強決定戦をどこのリングでもいいから早くやりたい」と佐藤嘉洋との対戦をアピールした[8]。

2011年7月18日、IT'S SHOWTIME JAPANプレ旗揚げ戦「IT'S SHOWTIME JAPAN countdown-1」のメインイベントでジョルジオ・ペトロシアンと対戦し、0-5の判定負けを喫した[9]。

戦績

プロキックボクシング

キックボクシング 戦績31試合(T)KO判定その他引き分け無効試合20勝51010敗

勝敗対戦相手試合結果イベント名開催年月日×ジョルジオ・ペトロシアン3R終了 判定0-5IT'S SHOWTIME JAPAN countdown-12011年7月18日○ダニロ・ザノリニ3R終了 判定3-0新日本キックボクシング協会「TITANS NEOS IX」2011年4月17日○チェ・ウヨン3R 0:15 KO(左ハイキック)REBELS-EX ~HINATA's wave~2011年1月23日○アンドレ・ジダ3R終了 判定3-0K-1 WORLD MAX 2010 -70kg World Championship Tournament FINAL
【リザーブファイト】2010年11月8日×アンディ・サワー1R 0:48 KO(スタンディングチョークスリーパー)SHOOT BOXING 25TH ANNIVERSARY SERIES 第4戦 維新-ISHIN- 其の四2010年9月18日○アルトゥール・キシェンコ3R 1:23 KO(左三日月蹴り)RISE 682010年7月31日×中島弘貴1R 0:58 KO(右フック)K-1 WORLD MAX 2010 ~-70kg Japan Tournament~
【準決勝】2010年3月27日○山本優弥3R終了 判定3-0K-1 WORLD MAX 2010 ~-70kg Japan Tournament~
【1回戦】2010年3月27日○オ・デュソク3R終了 判定3-0RISE 612010年1月24日○マイク・ザンビディス3R終了 判定3-0K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL2009年10月26日×ジャバル"チンギスハン"アスケロフ延長R終了 判定0-3K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL82009年7月13日○城戸康裕延長R終了 判定3-0K-1 WORLD MAX 2009 ~日本代表決定トーナメント~
【1回戦】2009年2月23日○HAYATO3R終了 判定3-0R.I.S.E. 512008年11月30日○龍二3R終了 判定3-0R.I.S.E. 48 ~THE KING OF GLADIATORs '08~
【R.I.S.E. -70kg CHAMPION MATCH】2008年7月4日○白須康仁3R終了 判定3-0R.I.S.E. 46 ~THE KING OF GLADIATORs '08~
【70kg CHAMPION MATCH】2008年5月11日○水谷秀樹3R終了 判定3-0R.I.S.E. -γ- "R.O.C"
【タイトルセレクションマッチ】2008年2月22日×龍二2R 1:40 KO(2ノックダウン:右フック)R.I.S.E. DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '07
【準決勝】2007年12月16日○拳士3R終了 判定3-0R.I.S.E. DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '07
【1回戦】2007年12月16日○MIKOTO3R終了 判定3-0R.I.S.E. -β- "L7"
【DoA '07 LAST SURVIVAL】2007年10月28日○不明KOラジャダムナン・スタジアム2007年9月×CRAZY8843R+延長1R終了 判定0-3R.I.S.E. XXXVIII2007年7月22日○田中秀弥3R終了 判定3-0R.I.S.E. XXXV2007年4月29日×渡辺雅和3R終了 判定0-2J-NETWORK「J-FIGHT 14」
【J-NETウェルター級王座決定トーナメント 1回戦】2007年2月11日○大渡博之3R終了 判定3-0R.I.S.E. DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '06

【オープニングマッチ】2006年12月17日×田島直樹1R 0:38 KO(左ストレート)R.I.S.E. XXX2006年10月29日×山崎陽一3R+延長1R終了 判定0-3J-NETWORK「MACH GO! GO! '06 ~フライ級最強決定トーナメント1回戦~」2006年9月1日○健太3R 2:17 KO(パンチ連打)R.I.S.E. XXVI2006年5月28日○NIIZUMAX!3R終了 判定3-0J-NETWORK「J-FIGHT 9」2006年4月16日○小樽基能1R 1:23 KO全日本キックボクシング連盟「New Year Kick Festival 200


【オープニングファイト】2006年1月4日○高橋基希3R終了 判定3-0TRIAL LEAGUE.32005年9月18日×吉川英明3R終了 判定0-3R.I.S.E. G-BAZOOKA TOURNAMENT '05
【オープニングファイト】2005年6月19日