今、うちの祖母を寝かしつけているところなんだけれど……
寝ないといって言うことを聞かない……
まぁ気長に待っていてもいいんだけれど。
僕も勉強があるし……
最近はショートステイにも行かせてもらっているから何とか時間も作れているけれど、
実際のところかなり厳しい……精神的に。
金、土、日は寝れないこともあるし。
母と交代で介護しているけれど、辛いのは辛い。
仕事と割り切ってするのとは違うからなのか。
頭の中、ぐっちゃんぐっちゃんや。
祖母が老人ホームから自宅へ帰って来てから、勉強なんかまともにできてるのかどうかがわからんし。
イライラしながらシャーペンガリガリやっても、全然頭んなかにはいらんし。
よく介護疲れ云々で事件が報道されることもあるけれど、気持ちがほんとに分かる。
僕が介護を始めたには10歳のころ。
宮城県から福岡県に引っ越してきたときは、何で引っ越して来たのか分かってなかった。
偶に夏休みに遊びに来ていた祖父母の家に来てやっと気づいた。
まだよく世間のことを分かっていなかった僕でさえ、家の中を見れば理解できた。
同じことを繰り返し繰り返し言ったり、何度もお風呂のお湯を抜いたり、夜は夜で戸締りを何度も行う祖母を寝るように促す毎日。いつも寝るのは夜更けだ。
次第に症状は酷くなる一方で。
僕が中学のころは家で勉強なんてしてなかった。
てか、できなかった。
眠い目を擦って塾へ通い。
家に帰れば祖母を寝かしつける。
昼は母が仕事だから心臓の悪い祖父のために昼食を作って。
夕方にデイケアに行き始めた祖父を迎える。
受験の時期になると、睡眠時間はせいぜいあっても3時間。
徹夜なんてざら。
正直、よく頭が狂わなかったものだと思う。
あんまりあの頃は苦にも感じていなかったような気もするから、そのおかげかもしれない。
でも、思えば塾でホワイトボードを眺めていると左目のまぶたが痙攣することが何度もあったし、
高校受験のころなんて吐き気とめまいを伴う偏頭痛が出始めていた。
痛み止めで紛らわしながら塾に通っていた。
試験のあるころには、もうすでに薬なんて効かなくなっていたけれど……
そんなこんな体力的に厳しいのは、まだいい。
介護を11年続けてきて思ったことがある。
他人じゃない
自分の祖父母が次第に症状を悪化させていくのを毎日のように目の当たりにしていくことほど
辛いことはない。
仕事での介護なら割りきれる。
でも自分の……となると割りきれない。
僕に始めて割り算を教えてくれたのは、祖父。
僕に短歌や俳句、字の読み書きを丁寧に教えてくれたのは、祖母だった。
どこに行っても自慢のできた祖父母が次第に衰えていく。
祖母に至ってじゃあ、もはや僕を孫だとさえ気づかない。
老いることとは、そういうものなのだといくら思っていても、受け入れられない自分が少なからずいるのだ。
どうしようもない心の中での葛藤は、解決を見ることはないのかもしれない。
なんか、よく分からない文章になってしまった。
でも、書いてたら気分が少しはすっきりしてきた。
愚痴のようなよく分からない文章でごめんなさい。
寝ないといって言うことを聞かない……
まぁ気長に待っていてもいいんだけれど。
僕も勉強があるし……
最近はショートステイにも行かせてもらっているから何とか時間も作れているけれど、
実際のところかなり厳しい……精神的に。
金、土、日は寝れないこともあるし。
母と交代で介護しているけれど、辛いのは辛い。
仕事と割り切ってするのとは違うからなのか。
頭の中、ぐっちゃんぐっちゃんや。
祖母が老人ホームから自宅へ帰って来てから、勉強なんかまともにできてるのかどうかがわからんし。
イライラしながらシャーペンガリガリやっても、全然頭んなかにはいらんし。
よく介護疲れ云々で事件が報道されることもあるけれど、気持ちがほんとに分かる。
僕が介護を始めたには10歳のころ。
宮城県から福岡県に引っ越してきたときは、何で引っ越して来たのか分かってなかった。
偶に夏休みに遊びに来ていた祖父母の家に来てやっと気づいた。
まだよく世間のことを分かっていなかった僕でさえ、家の中を見れば理解できた。
同じことを繰り返し繰り返し言ったり、何度もお風呂のお湯を抜いたり、夜は夜で戸締りを何度も行う祖母を寝るように促す毎日。いつも寝るのは夜更けだ。
次第に症状は酷くなる一方で。
僕が中学のころは家で勉強なんてしてなかった。
てか、できなかった。
眠い目を擦って塾へ通い。
家に帰れば祖母を寝かしつける。
昼は母が仕事だから心臓の悪い祖父のために昼食を作って。
夕方にデイケアに行き始めた祖父を迎える。
受験の時期になると、睡眠時間はせいぜいあっても3時間。
徹夜なんてざら。
正直、よく頭が狂わなかったものだと思う。
あんまりあの頃は苦にも感じていなかったような気もするから、そのおかげかもしれない。
でも、思えば塾でホワイトボードを眺めていると左目のまぶたが痙攣することが何度もあったし、
高校受験のころなんて吐き気とめまいを伴う偏頭痛が出始めていた。
痛み止めで紛らわしながら塾に通っていた。
試験のあるころには、もうすでに薬なんて効かなくなっていたけれど……
そんなこんな体力的に厳しいのは、まだいい。
介護を11年続けてきて思ったことがある。
他人じゃない
自分の祖父母が次第に症状を悪化させていくのを毎日のように目の当たりにしていくことほど
辛いことはない。
仕事での介護なら割りきれる。
でも自分の……となると割りきれない。
僕に始めて割り算を教えてくれたのは、祖父。
僕に短歌や俳句、字の読み書きを丁寧に教えてくれたのは、祖母だった。
どこに行っても自慢のできた祖父母が次第に衰えていく。
祖母に至ってじゃあ、もはや僕を孫だとさえ気づかない。
老いることとは、そういうものなのだといくら思っていても、受け入れられない自分が少なからずいるのだ。
どうしようもない心の中での葛藤は、解決を見ることはないのかもしれない。
なんか、よく分からない文章になってしまった。
でも、書いてたら気分が少しはすっきりしてきた。
愚痴のようなよく分からない文章でごめんなさい。