日本語教育能力検定試験(公益財団法人 日本国際教育支援協会実施の試験です。国家資格の「日本語教員試験」ではありません。)を受験し、合格することができました。試験までの取り組みに関して、備忘録として書こうと思います。


 現在、カンボジアで日本語教育に関わる仕事をしています。とはいえ、現在の職に就いた段階では、日本語教育関連の資格は有しておりませんでした。かねてから、日本語教育について学んでみたいと思っており、今年の初めごろから、国家資格の「日本語教員試験」を受験しようと考えていました。そして国家資格設立以前から存在していた、従来の「日本語教育能力検定試験」に関しては過去のモノと思い込んでおり、もう試験自体廃止されたと、今年の初頭の段階では思っていました。
 しかし、調べてみると、「日本語教育能力検定試験」自体は廃止されておらず、今年も受験可能らしいのです。

一方、国家資格の方は、
・日本語教員試験に合格しても、その後に、実践研修を受けなければ、日本の文部科学省が定める登録日本語教員にはなれないとのこと。
・さらに登録日本語教員の資格が必須なのは、日本国内の告示校にて勤務する場合ということ。(今後、国外の教育機関の求人要件に国家資格「日本語教員」を求める学校が出るかもしれませんが…)

などなど、イロイロ条件が複雑なようでした。また受験申込も、ウェブシステムに登録の上、収入印紙を郵送しなければならないなど、国外在住の私としては、受験までの手続きが煩雑なうえ、仮に合格できたとしても、その後の実践研修に時間とお金を費やすのは現時点では難しいと考えました。従来の日本語教育能力検定試験の方は、受験申込も、名前等の登録からクレジットカードを用いた料金の払い込みまで、ウェブ上で完結し、国外在住の私にとっては、とても都合が良いものでした。国家資格の有資格者にはなれませんが、日本語教育能力検定試験合格をすることで、日本語教育に関連する一定の知識を有する者であることは証明できるでしょうし、合否に関わらず、日本語教育について学ぶいい機会になると思いました。

 日本語教育能力検定試験と日本語教員試験は2週続けて開催されるため、2つ受験することも考えましたが、カンボジア在住で、週末のみ渡日するつもりだったので、2週続けての渡航は、金銭的にも体力的にも難しいと考えました。

 そこで、今年は、従来の「日本語教育能力検定試験」のみを受験することとしました。
 ここからは、どのように学習を進めていったのかを書いていきます。なお、この方法は、あくまで私に合っていたというだけですので、ご自身の責任の範囲で、参考程度にご覧ください。悪しからず。

 なお、以前からぼんやりと日本語教員に興味があったため、以下の本は予め日本からカンボジアに持ち込んでいました。

・日本語教育能力検定試験 完全攻略ガイド 第5版(所謂「赤本」) ヒューマンアカデミー著 株式会社翔泳社 発行


・日本語教育能力検定試験 合格問題集 第3版 ヒューマンアカデミー著 株式会社翔泳社 発行


・日本語教育能力検定試験 50音順 用語集 ヒューマンアカデミー著 株式会社翔泳社 発行


・改訂版 日本語教育能力検定試験に合格するための記述式問題40 石黒圭 辻和子 星野恵子 著 アルク発行


・令和3年度 日本語教育能力検定試験 試験問題 著作・編集 公益財団法人 日本国際教育支援協会


また、以下のYouTubeチャンネルも活用させて頂きました。活用というより、ほとんどの知識はYouTubeの聞き流しで身に着けたといっても過言ではありません。

・研究 日本語教育能力検定試験(大根先生)



・【日本語教師になる】ももこ(ももこ先生)




では、時系列で学習への取り組みを書いていきます。

・2025年1月頃~2月頃
ぼんやりと「今年は日本語教育に関する試験を受けよう」と思い始めました。上記の赤本ととりあえずパラパラ眺めはじめ、YouTube大根先生の「一問一答」の聞き流しも始めました。但し、一問一答に関しては、そもそもの知識が頭に入っていなかったので、ちんぷんかんぷんなままでした。

・2025年3月頃
赤本の各章末にある確認問題の答えを探しながら、直接鉛筆で書き込んでいきました。「手を動かさない事には、頭に入らないと思ったこと」と、「確認問題を2回もやる事は無いだろうし、もし2回やることになっても、消しゴムで消してやればいい」と思ったことから、この方法を採用しました、
また、この頃から、大根先生の「マインドマップ」の動画を多く視聴するようになりました。また、ももこ先生の解説動画も視聴し始めました。私の動画視聴スタイルは完全に流し見、もしくは流し聞き。起床直後にエアロバイクを漕ぐときや、食事中、水浴び中、調理中など、日常生活中の様々な場面で、音から学習しようと試みました。フルタイムで仕事をしていますので1日8時間は仕事です。また、アマチュアのボディビルダーでもあり、トレーニングの時間も削りたくはありません。そのため、真面目に動画だけを見て、ノートにまとめるようなスタイルは採用しませんでした。これまでの経験から、音声で入手した情報は頭に残りやすいと思っていましたので、この方法に賭けてみました。日本にいたころ、テレビCMやスーパー、ドラッグストアなどのBGMなど、覚えたくもないのに、何度も何度も耳にしていると、歌詞を覚えてしまう事がありました。「この方法って、勉強に使えるのでは?」と判断したわけです。結果的に、この方法は私にとって大正解でした。しかも「ながら学習」だった為、時間も有意義に使えました。このような感じで勉強というよりも「ながら学習」を、まずは6月頃まで続けました。机に向かったのは、ほぼ土日祝日のみでした。

・2025年6月頃
「そろそろ試験形式の問題をやってみよう」と思い立ち、日本語教育能力検定試験 合格問題集の1回分を解いてみました。試験Ⅰと試験Ⅲは、65%くらいできていたと思いますが、試験Ⅱ(聴解)が全くできませんでした。「これはマズい」と思い、大根先生はももこ先生の聴解対策動画も視聴を開始。その他の動画に関しては、何度も何度も飽きるくらいまで流し見しました。

・2025年7月頃
これ以降は「ダラダラ勉強していても仕方ない」と思うようになりました。赤本をただ読んでいても手ごたえがありませんし、ともすればスマホをいじり始めてネットサーフィンをしてしまう自分がいました。そこで、休みの日は、合格問題集と過去問を、時間を計って取り組むことにしました。一度、試験形式の問題を解き始めれば、スマホも気にならなくなりました。また、解いた後、間違えた箇所は、赤本や用語集で復習し、それに関連する箇所も何度も紙に書くなどして、頭に入れました。また、それに関連する大根先生やももこ先生の動画も、当日もしくは翌日に流し見するようにしました。こんな感じの勉強法を試験直前まで続けました。
ただし、試験Ⅱに関しては、まだまだ点数が伸びてきませんでした。そこで、ももこ先生の対策動画のうち、アクセントに関する動画を、料理や皿洗いをしながら、何度も何度も声に出しながら視聴しました。また、大根先生とももこ先生の聴解に関する動画内の問題演習にも取り組むようにしました。これは、休日の合格問題集と過去問のルーティンに追加する形で、休日の学習課題にしました。そして、調音点と調音法の表も、素早く書けるように練習を開始しました。

なお、この7月に「今年は日本語教育能力検定試験のみを受験する」と決意しました。7月に日本語教育能力検定試験と国家資格・日本語教員試験の申し込みが開始され、その際に、手続きや、カンボジアで生活する上でどちらをまずとる方が有益か、などを考え、この結論に至ったのです。

・2025年9月頃
この頃になると、試験Ⅱ(聴解)の点数も上がってきて、70%は安定して得点できるようになりました。また、試験Ⅰと試験Ⅲに関しては、80%の得点を取る日も出てきました。ただし、「同じ問題集も何周もしているから、得点は伸びて当たり前」と慢心しないようにしました。

・2025年10月
10月26日が試験日。
試験まで、ひと月を切って本番を意識するようになりました。特に、試験Ⅱに関しては、不安が拭えなかったので、最後の2週間は、平日であっても「試験Ⅱ形式の問題(YouTube動画の模試あるいは、合格問題集)を絶対に解く」と自分に課し、仕事の昼休み、もしくは帰宅後に睡眠時間を削ってでも取り組むようにしました。

さあ、試験の週末を迎えました。

・10月25日(土曜日)
朝8時台の飛行機でカンボジアを出発。上海で乗り継ぎ、関西空港へ向かいました。機内では最初、だらだらと赤本を読んでいましたが、あまり頭に入りませんでした。そこで、問題を解くなどして、飛行機の中でも、試験形式の問題演習をして、本番に備えました。
その日の深夜11半ごろ、実家に到着。預かってもらっていた受験票を確認しました。そして、5時間ほど寝ることにしました。

・10月26日(日曜日)
朝5時ごろに目を覚まし、散歩と水浴び、朝食を済ませ、実家には「短い滞在でしたが、お世話になりました。今度は、もっとゆっくりさせてください。」と言って試験会場に出発です。試験会場への道すがらも、ずっとYouTubeの大根先生とももこ先生を流し聞きしていました。そして、試験会場の大阪大学には、開場よりも前に余裕を持って到着。試験Ⅰ開始までも、赤本を見るなど、出来る限りの事はしました。


 試験Ⅰは無難に終えられたと感じ、昼休憩に入りました。私は、実家の父が作ってくれたおにぎりと、コンビニのサラダチキンをさっさと食べ終え、その後は過去問の試験Ⅱをウオーミングアップとして解いて、本番に備えました。この時、過去問には、答えを書いておき、あくまで耳慣らしとするにとどめました。私の場合、大問1が終わった段階で、大問3のページに調音点と調音法の図を書き込む戦略でしたので、そこも予行演習しておきました。
さあ試験Ⅱです。解答用紙が配られ、まず、名前と受験番号の記入が許可されます。が、そのとき、私の利き手である左手の指が痙攣を起こしてしまいました。トイレに行きたくなかったので、水分を我慢していた事や、試験の緊張感から、いつも以上に強い筆圧で試験Ⅰに取り組んだことが原因だったのでしょう。この時点でかなり焦りました。右手で書こうかなどと、一瞬思いましたが、名前と受験番号を書き終え、試験開始を待つ間、必死に左手をマッサージし、鉛筆をやさし目ににぎることで乗り切ろうと考えました。試験Ⅱが始まって以降の事は、集中しすぎていてほとんど覚えていません。「まあ7割くらいはできただろうか」という感触でしたが、確信はありません。手の痙攣は、試験中に起きずに安堵しました。
 試験Ⅱと試験Ⅲの間には、自動販売機に走り、スポーツドリンクを買って、身体に流し込みました。試験Ⅲも記述問題がある長丁場、ここでも手が痙攣すると、もう回答はできません。これまでのスポーツの経験から、痙攣した時の応急処置を施しました。
 さて試験Ⅲですが、最後の記述問題までは、まあまあの感触で来ていました。この時点で残り40分くらいあったでしょうか。この記述問題、書き始めたのは良いものの、問われている事を書ききろうとすると、私の文章力では、どうも字数制限内に収めることが難しかったのです。そのため、何度も何度も、答案用紙が真っ黒になるまで書き直しました。何とか、字数制限いっぱいで納めたところで時間切れ。どうにかこうにか書ききったものの、はっきり言って、あまり良い答案とは思えませんでした。記述問題に関しては、練習の段階では、あまり苦手意識を持っていませんでした。そのため、真面目に対策もしませんでした。そのツケが最後の最後になって回ってきました。聞き流し中心という、ズボラな勉強法の落とし穴でしょう。
 こうして、何とも言えない手ごたえのまま、試験会場を後にしました。大阪大学の近くの蛍池駅からは、関西空港行きのリムジンバスが出ており、とても助かりました。疲れていたため、何度も乗り換えて、関西空港に向かう元気もありませんでした。リムジンバスは、乗ってしまえば、あとは寝ているだけで空港に連れて行ってくれます。こうして17時前に試験が終わり、20時台のエアアジア台北経由クアラルンプール行きに飛び乗ることができました。クアラルンプール経由で翌10月27日(月曜日)にカンボジアに帰りました。

 試験の合否は五分五分と思いながら、過ごしていた12月の下旬、実家から連絡があり、「試験結果に関する封筒が届いたから、開封しても良いか?」との事。開封を依頼すると、合格証書の写真が送られてきました。



 日本語教育能力検定試験に合格したからと言って、日本語を上手に教えられる事にはなりません。ただ、とにかく今年自分に課した課題は達成できたと思いました。ボディビルダーですが、「これに合格するまで、もう、コンテストには出ない」と妻にも言っていました。普段、日本語教育で関わっている学生たちの頑張っている姿や、妻や家族が仕事や色んな事に対して努力している姿からも、「負けられない」という刺激を得て、取り組んだ資格試験でした。

 今後は、この学習を通して身につけた知識を今の仕事に活かせるように取り組んでいきます。

 来年以降は、国家資格の日本語教員試験にも挑戦しようかな…とも考えています。
 新しいことを学ぶことはとても楽しい、と思えたので、今後は別の資格にも挑戦して、その挑戦を通して、自己の成長に繋げたり、世の中への貢献を果たしたりしたいと思います。

 ここまでお読み頂き、どうもありがとうございました。