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きょうは、宮城県栗原市で開催された、
入の沢遺跡発掘調査現地説明会
に行ってきました。

古墳時代前期、4世紀の大溝で囲まれた集落で、その中の竪穴住居跡からは銅鏡が出土しました。
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今回の発掘調査は、国道4号線の築館バイパス建設に伴うものです。

入の沢遺跡は、この工事計画にともなう遺跡分布調査によって新しく発見された遺跡。
すぐ東側を迫川が流れる、標高49mの丘陵上に立地しています。

竪穴住居跡は49軒みつかっていて、今回発掘調査したのはそのうちの17軒。
古墳時代前期のものが12軒、奈良平安時代のものが5軒ありました。

この集落を、大溝と材木塀が囲んでいます。
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丘の上の様子はこのような感じです。

調査員の方が立っているのが、古墳時代前期の竪穴住居跡。
この時期はまだカマドはなく、住居の中ほどに炉があります。

この写真と次の写真の背景を見て頂くと分かるかもしれませんが、かなりこの丘は周囲との比高差があり、また見晴らしもいいです。
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こちらは、先ほどの竪穴住居跡のすぐ東側にある、竪穴住居跡2。

今回の発掘調査では古墳前期の銅鏡が3枚みつかっていますが、この竪穴住居跡2からはそのうちの1枚である、「内行花文鏡」が出土しました。

遺構に伴うものとしては県内初、全国でも最北の事例です。
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集落は大溝と材木塀で囲まれています。

大溝跡は幅2~4m、深さは0.5~1.5mほどで、長さは推定380mほど。
丘陵頂部と大溝底面との比高差は、最も大きいところで約4mあります。

材木塀は材木を0.2~0.3m間隔で立て並べたもの。
推定で3mの高さがあったと推定されています。

まるで中世の山城のようです。
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大溝には、このように一部を「凸」字状に外側へ張り出させた部分があります。

防御関連施設との考えと、出入口部との考えがあるそうです。

このような大溝や凸出部を有する前期の集落としては、宮城県北部地域では、1975年に調査された美里町(旧小牛田町)の山前遺跡があります。
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こちらは出土品見学コーナー。

土器には甕・壺・高坏などがあります。

管玉・勾玉・ガラス玉といった装身具や、鉄製の鏃・斧・ヤリガンナも出土しています。
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こちらは、新聞等でも報道された、「内行花文鏡」。

半分になっていますが、破損した面が磨かれているそうです。


入の沢遺跡の集落が営まれた古墳時代前期は、全国的に前方後円墳に代表される大型の古墳が造られ始めた時代です。

県内でも、名取市の雷神山古墳や仙台市の遠見塚古墳など、100mを超える大型の古墳が造られています。

入の沢遺跡の周辺では、まだ大型の古墳はみつかっていないそうです。

4世紀。
なぜこのような高い防御性をうかがわせる集落がつくられたのか。
この地域の歴史を考える上で、非常に重要な発見です。


【参考文献】
宮城県教育委員会 2014 「栗原市入の沢遺跡平成26年度発掘調査現地説明会資料」