
きょうは、 多賀城市で行われた、多賀城跡第88次発掘調査の現地説明会に行ってきました。 多賀城跡は、奈良時代の724年(神亀元年)につくられた、古代国家による東北支配の中心施設です。 陸奥国の国府として行政機能を有するとともに、奈良時代には鎮守府が置かれるなど東北進出のための城柵として軍事機能も有していました。 多賀城跡が他の地方に置かれた国府等の一般的な官衙と異なることを示す特徴として、櫓状の建物を伴う堅固な外郭区画施設の存在を挙げることができます。 今回の第88次調査は、多賀城をぐるっと囲む外郭の南辺東側で行われ、上記の櫓跡がみつかりました。

調査では外郭の築地塀と2棟の櫓跡がみつかりました。 写真手前が調査区。左奥の丘の上に外郭南門跡があります。

築地塀跡は約15mにわたって検出されました。 このあたりは多賀城のなかでも軟弱な地盤にあるため、あらかじめしっかりとした地盤補強工事を施し、その上に築地塀がつくられていました。 築地塀の高さは、基底部から推定約4m。 ちょうど調査員の方が立てている測量用の棒の高さぐらいです。

こちらは櫓跡の状況。 櫓跡は築地をまたぐ構造のものが1棟、内側から築地に寄せかけるような構造のものが1棟です。 写真は、築地をまたぐ形のもので、築地外側に土壇をつくって、その上に建てられています。 建物は3時期があり、最初の時期は不明ですが、2時期目は掘立式、3次期目は礎石式に変わっています。 礎石式の櫓跡は、古代の東北地方に設置された城柵遺跡では、初めての発見です。

こちらは、築地の内側に寄せかける形の櫓跡の礎石。 建物を構成する柱跡のうち、築地内側の柱列はみつかっていますが、それに対応するはずの外側の柱列はみつかっていないため、築地本体の上面を柱列の代わりとして用いるような、寄せかけ式の構造であったと考えられています。 このような構造の建物跡は、多賀城跡の過去の調査や、東北の他の城柵遺跡の調査でもみつかっています。 この写真の礎石には、表面に十字の刻みが確認できます。 建物の設計にかかわる何らかの目印ではないかとみられています。

こちらは出土遺物の見学コーナー。 建物に使われた瓦や、湿地部分で出土した木簡などが展示されていました。

最後の写真は、多賀城跡外郭南東隅あたりから見た、今回の調査区と南門跡付近の様子。 外郭南東部では、築地塀の跡がわずかな高まりとして今も残っています。 写真左端中央付近から右にのびる土手状の高まりがそれです。 今回は城柵の櫓状建物の遺構を実際に見ることができて、とても充実した見学会でした。
【参考文献】
宮城県多賀城跡調査研究所 2015 「多賀城跡平成27年第88次発掘調査現地説明会資料」
宮城県多賀城跡調査研究所 2015 「多賀城跡平成27年第88次発掘調査現地説明会資料」