
先日ご紹介した大木囲貝塚から、東へ徒歩約1時間。 ここに古代からその名を知られた鼻節神社(はなぶしじんじゃ)があります。

グーグルアースでみた鼻節神社の周辺。 陸奥の国府がおかれた多賀城跡からは、東へ8kmほど。 場所を記すのを忘れましたが、前回の大木囲貝塚は中央やや右よりの「Shichigahama」の「Shi」のあたりです。

鼻節神社が東北の古代史で有名なのは、明治の初めに社殿修復の際に偶然発見された、「国府厨印」という古代印の存在のためです。 「国府厨印」は、「こくふくりやいん」と読みます。 大きさは、高さ39mm、印面は一辺41mm。 青銅製です。 陸奥の国府であった多賀城に関係するものと考えられています。 この印を使っていたのは「主厨」とよばれる官職であったと推測されています。 主厨とは、諸国に配置され、朝廷に献上する品を管理する役割をになっていました。 現在この「国府厨印」は、七ヶ浜町歴史資料館で展示されています。 (七ヶ浜町ホームページの鼻節神社を紹介するページに、写真があります)

この神社は、文献にも古くから登場します。 なかでも有名なのが清少納言の『枕草子』で、次のように記されています。 「社は、布留の社、生田の社、旅の御社、花ふちの社、杉の御社は、しるしやあらむとをかし」 『布留の社』は奈良の石上神宮、『生田の社』は神戸の生田神社のこと。 『花ふちの社』が鼻節神社です。 著名な神社と並べて、鼻節神社の名前が登場しています。

このように、鼻節神社は古代から名の知られた神社でしたが、現在では村の古社といった様子になっています。 こちらが、鼻節神社の社殿。 境内は広いのですが、社殿はわりとこじんまりとしています。 海沿いの急崖の上に立地しており、潮騒が聞こえてきます。

ただ近年、鼻節神社は意外なところで注目を集めました。 宮城県出身の漫画家、武梨えりさんの『かんなぎ』という作品がテレビアニメ化され、そこに出てくる神社のモデルがここではないかとファンの間で話題になったそうです。 これがきっかけとなって、アニメ放映後、県外や遠く海外からも参拝に来たファンがいたのだとか。 アニメの力は凄いですね。 現在、検索サイトで「鼻節神社」と検索すると、この「かんなぎ」関連のページがたくさんヒットします。 私が参拝したのは正月の2日だったのですが、参拝客はまばら。 アニメのブームも去って、ふたたび静かな時間が流れています。

鼻節神社は、最初の鳥居をくぐると道が2又になっており、道標には右を差して「表参道」と書かれていますが、そちらを選択するとかなり遠回りになってしまいます。 山道のような道の先に、石の鳥居と急勾配の階段が登場します。 写真だと見えなくなってますが、階段はこの倍の長さがあります。 この記事の2枚目・3枚目の写真は、表参道ではない方の道。 歩きやすく整備されており近道です。
【参考文献】
国立歴史民俗博物館編 1996 『日本古代印集成:「非文献資料の基礎的研究―古印―」報告書』
七ヶ浜町誌編纂委員会 1967 『七ヶ浜町誌』
国立歴史民俗博物館編 1996 『日本古代印集成:「非文献資料の基礎的研究―古印―」報告書』
七ヶ浜町誌編纂委員会 1967 『七ヶ浜町誌』