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きょうは、
東北歴史博物館で開催された、宮城県考古学会の総会と研究発表会にいってきました。

研究発表会のテーマは、
「宮城県における歴史地震・津波災害 -考古学的検討を今後より深めるための第一歩-」
と題して行われました。

講演が1本と研究発表が5本ありました。


【講演】
「慶長奥州地震津波の歴史学的分析」蛯名祐一氏(東北大学災害科学国際研究所)

【研究発表】
「縄文時代における古津波堆積層」相原淳一氏(東北歴史博物館)
「宮戸島の震災履歴」菅原弘樹氏(奥松島縄文村歴史資料館)
「仙台平野の弥生時代・平安時代の津波痕跡」斎野裕彦氏(仙台市教育委員会)
「発掘調査より知られる貞観11年(869)陸奥国巨大地震・津波の被害とその復興」柳沢和明氏(東北歴史博物館)
「2011年東北地方太平洋沖地震に伴う津波堆積物と古津波」松本秀明氏(東北学院大学地域構想学科)


今回とても興味深かったのは、講演された蛯名さんのお話。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。
この地震については、貞観11年(869)に起きたいわゆる貞観地震と比較し、「千年に一度の大地震」とよく言われます。

しかし、蛯名さんの講演は、従来あまり大きく取り上げられてこなかった慶長16年(1611)の大地震について、この地震や津波を記した文献を丹念に精査したところ、この慶長奥州地震津波の被害規模が今回の東日本大震災における巨大地震・巨大津波の被害に類似しており、このような巨大地震は「千年に一度」ではなくもっと短い間隔で発生している可能性があるというものでした。

また、講演では慶長地震の被害実態だけでなく、その後どのような復興事業が行われたかも紹介されており、伊達政宗や南部利直などのリーダーは明確なビジョンを持って復興に挑んだ、という言葉には深く考えさせられるものがありました。