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辯護士の独り言

思いつくまま、感じたままに、、、

超党派議員が新法準備 離婚した父親にも子供会わせて


DV防止法を悪用しているのであれば、それを規制すればよいだけであり、一部の事例のみに着目して、何でもかんでも法律で保障し、又は規制すればよいというものではない。


また、欧米等の主流・・・と単純比較するのは、ナンセンス。

文化的背景、共同体意識、家族観が違う。


そもそも、離婚する原因は、人それぞれ違うし、子どもとの関係も違う。父親による暴力・虐待といったものがなかったしても、子どもと面接させることが適切ではない事例はあるはず。


まだ子どもが赤ん坊のときに離婚し、その後、離婚した親権者である母親が再婚し、子どもが新しい養父に養育され、弟や妹ができたような場合、離婚した父親が会いたいからといって、法律で面接交渉を保障することが、果たして一律に適切・妥当と言えるか。


また、「最近は育児参加に積極的な父親を中心に、離婚後も子供との交流を望む声が高まっている。」とのことであるが、上記の例で言えば、子どもの育児や教育等に関して、再婚相手の考え・価値観との関係はどうなるのか。血縁関係にあるからといって、再婚後の家庭内での育児・養育にまで口を出す権利があるのか。



子どもとの面接交渉権は、親の独自の固有の権利として保障されるべきとの考えもあるだろうが、私は、そうは思わない。


面接交渉権は、親ではなく、子どもに認められるべきであって、親の面接交渉権は、子どもの面接交渉権の反射的効果として保障されるに過ぎないと言うべきであると思う。


離婚した父親と子どもと面接させることが適切かどうかを、

子どもの立場からケース・バイ・ケースで判断すべき。



子どもの福祉にとって適切とはいえないような状況(暴力、虐待等に限らない。)において、父親の面接交渉権を楯に子どもとの面接を認めさせろというのは、父親のエゴでしかない。


逆に、母親が自分の感情のみから、子どもと父親との面接を拒否するというのも、母親のエゴでしかない。



「子どもの福祉」という観点から議論を構築せず、父親のエゴと母親のエゴの対立という観点から法規制を行うべきではない


父親の独自の権利を保障するという観点からの立法には、賛成できない。