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辯護士の独り言

思いつくまま、感じたままに、、、

復興支援の動きが具体化してきている中で、思うところを一言。


震災復興のために仮設住宅を建設し、被災者を入居させるというのは、一見すれば正論。

しかし、今、建築資材の市場からは、仮設住宅用の資材を確保しておくために、構造用合板や断熱材、その他の建築資材が消え、建築業者が建築資材を手に入れられない状態となっている。

国内のみならず、海外からの日本向け建築資材は、軒並み在庫がない状態。

しかも、今回の震災は規模が大きく、被災者の数が尋常ではない。全ての被災者のために、仮設住宅を建設しようとすれば、必要な建築資材の膨大なものとなるだろう。このような状況の中で、震災復興を最優先として、震災復興のために市場の建築資材を買い占めてしまった場合、他の需要のための建築資材はいつになったら供給されるのかわからない。

そのため、建築業者は、住宅建築等が行えず、予定されていた工期の延期を余儀なくされることとなっている。工期が延期されれば、工事代金の入金も受けられず、資金繰りは逼迫する。銀行から緊急融資を受けることができなければ、倒産の可能性すらある。

復興支援のためであるからといって、被災していない地域の企業が倒産するような状況を強いることを正当化することはできないはず。


そもそも、被災者に対する住環境の支援は、仮設住宅だけではない。

被害を受けていない地域の空きアパート、廃校となった校舎、使用されていない公共施設等の建物を有効活用するという方法もある。

この場合、基本的には、人(被災者)が移動するだけであり、資材の調達や、建設コスト等は不要である。


たしかに、被災者の、自分たちの土地を離れたくないという感情はあると思う。

しかし、その感情が、状況が安定するまでの間、一時的に他の土地に移るということすらも我慢することができないというものであるとすれば、それは尊重すべき感情であるか、甚だ疑問である。

感情的な問題(主観的な要求)と現実的な問題(客観的な可能性)とは区別しなければならないのであり、残念ながら、自らの感情を優先して行動することが必ずしも許容される状況にはないのである。


三宅島の全島民の集団疎開の例もある。今回の震災においても、壊滅的被害を受けた地域の住民の集団疎開は考えられて然るべきであると思う。


今回の壊滅的な被災状況に鑑みれば、自立復興が可能となるまでは、かなりの期間を要すると思われ、他からの支援が不可欠である以上、長期的な復興支援が可能な方法を選択しなければならない。

現状のような、西日本の経済活動を犠牲にした全面的な復興支援の流れというのは、ごく短期的なものでしかあり得ず、長期的に継続することは不可能。

震災復興のためという大義名分のもと、健全な西日本の経済活動を阻害してしまうことは、日本全体を疲弊させることになり、結果的に、震災復興支援どころではなくなってしまうことになりかねない。

その意味では、過度の自粛行動も同じこと。被災していない西日本の人々が、被災者のことを思って過度に自粛することは、自ら経済活動を縮小させることになり、負の連鎖を生じさせる。


「震災復興支援」の大義名分のもとに「何でもする」という姿勢は、違和感を覚える。「何でもする。」ではなく、「よく考えて行動する。」ということが重要。

「復興支援」のための闇雲な行動により、幸いにも被災しなかった地域が共倒れとなってしまっては、元も子もない。