明治37年8日 品川(八ツ山)~八幡(大森海岸)間(4.3km)開通により品川~川崎間全通
昭和17年1日 小田急電鉄と共に東京横浜電鉄と合併、東京急行電鉄となる
事業統制により東京急行電鉄品川営業局となる。
昭和19年1日 品川~黄金町間、横浜~浦賀間折り返し運転
昭和38年2日 金沢八景~堀ノ内間に列車選別装置設置
昭和26年8日 逗子線金沢八景第2踏切に当社初の自動踏切遮断機設置
平成8年9日 上大岡第1・2踏切道立体交差工事に伴い、上大岡第1踏切道を廃止
平成17年9日 女子専用車試験運転開始
昭和52年10日 川崎大師~小島新田間を軌道から地方鉄道に変更
昭和41年11日 京浜川崎駅付近高架上り線工事竣工、使用開始(下り線は5月21日)
昭和55年23日 京浜久里浜駅に当社初のエスカレーター設置
昭和42年27日 電車の戸開閉操作を運転士から車掌に切り替え

昭和42年5月26日まで運転士がドアの開閉を行っていたです。
つまり、初代1000形の昭和42年前に製造された車は、ドアスイッチが、運転席についていました。
2代目600形こと初代700形もついていました。
5月27日から車掌が全て扱うようになり、都心へ乗り入れとなりました。
こんな時代が、あったとは、驚きですね。
4月も終わりですね。



5月は、京急ファンお待ちかねの催事です。


私は、仲間が行ってくれます、本来だったら行くのにな。




これが、終わると西武の武蔵丘ですね。



今度は、便利になりました。



横浜から乗って行かれるから、乗り換えなし、乗ったまま飯能へGoって、運賃は、どれくらいでしょうか?




マァこんなもんで、夢の中へ行きます。
京急は、全てワンハンドル化になった。


京成は、3300形を除いて全てワンハンドル


北総は、9000形除いて全てワンハンドル


ホント、ワンハン時代になってしまった。


私の時代が、間もなく終わりを告げる。


ツーハン時代が、恋しい。


ワンハンドルは、便利だが、ツーハンは、調整が微妙に違う。


さらば、いとしのツーハン車。