色の素と書いて色素と呼びますが、普通、色素というのは有機物による色のことを指す場合が多いようです。これに対して、絵の具などのような無機物による色を顔料と呼んでいます（追記：水や油に溶ける色素を染料と呼び、解けないものを顔料と呼ぶそうです。顔料には有機物と無機物のものがあります）。色素や顔料の色と構造色はどこが本質的に違うのかとよく聞かれます。そんなときには、いつも、次の図を見せて説明しています。

太陽の光が色素を含む物質に当たった場合を考えましょう。太陽の光はいろいろな色の光を含んでいます。この光が、例えば、上の図の赤い花に当たると、赤以外の光は花の中にある色素に吸収されてしまい、残った赤い色が反射されるから赤く見えるのです。一方、緑の葉に当たった光のうち、緑以外の光は葉の中にある色素に吸収されて、残った緑色の光が反射されるから緑色に見えるのです。

吸収された光はやがて熱に変わってしまいます。したがって、色素の色は光が熱に変わっていく過程で、要らなくなった光が反射されて見える色だといっても言い過ぎではないでしょう。

これに対して、構造色は光の吸収を伴いません。例えば、右上にあるような眼鏡の反射防止膜に使われるような薄膜の場合、太陽の光は薄膜により特定の色の光だけが反射され、残りの光はすべて透過してしまいます。したがって、光のエネルギーは全く失われません。このように、何か構造があると色づく色のことを構造色と呼びますが、構造という意味では、薄い薄膜などのような微細構造でなくても、下のプリズムのような大きな構造でも色づくので、広い意味での構造色といえるでしょう。

このように、構造色は光のエネルギーをまったく失わないで、色を作ることができるので、極めて効率のよい発色方法だといえますし、また、顔料のように重金属を使わずに発色できるので、環境にやさしい色だともいえます。色素は光によって容易に退色するのですが、構造色は構造が壊れない限り発色するので、丈夫な色でもあります。さらに、構造色はたいへん目立ちますが、太古の昔から自然界にもともと存在していた色なので、目立つ割には、目にやさしい色だともいえるでしょう。このように、構造色には応用面で多くの利点が期待されています。

【詳しい説明】
これまで講演などで、以上のような構造色の説明をしてきましたが、実際に色素の色がどのように現れるのかあまり知りませんでした。そこで、次のようなモデルを立てて考えてみました。

上の図のa)は薄膜干渉の場合です。上から入射した光が表面で反射され、膜の中に入った光が今度は裏面で反射され、それを繰り返します。その結果、表面・裏面から反射された光は膜の外で同じ方向に向かって進み、互いに干渉し合います。一方、b)の場合は、膜が完全には平行ではなく、平行から少しずれていて、さらに、膜の中には光を吸収する物質が入っているというモデルです。この場合も、表面と裏面で反射した光は膜の外に向かいますが、方向が少しずつずれているので、互いに重ならず干渉しないと考えます。

反射率や透過率を計算するため、膜の屈折率を1.5、外の媒質の屈折率を1.0としました。光の吸収を入れるときには、屈折率を複素数にします。つまり、屈折率をn=η+iκのような形にしますと、その実部が通常の屈折率、虚部が吸収を表すことになります。そこで、b)の場合の吸収を表すために、仮に次のような屈折率を考えました。

横軸は光の波長で、光の色により吸収の程度が変化するというモデルです。屈折率の実部は1.5で一定にしていますが、虚部は光の波長0.5μmを中心に山をなしているとしました。実際には吸収があると実部もわずかに変化するのですが、今回はそれを無視しています。山がいくつもあるのは吸収の程度を変化させるためです。

膜の厚さを1μmとして、垂直入射の場合の薄膜干渉と色素の場合を計算したものがこの図です。青色で描かれている部分が光の反射される割合を示し、薄茶色の部分は光が透過した割合を表します。a)は薄膜干渉の場合ですが、光の干渉の結果、光の反射率は波長と共に振動しています。しかし、反射と透過を合わせた量は常に1になっています。つまり、光のエネルギーは失われないのです。これに対して、b)の色素の場合は、反射率はあまり変わらないのですが、透過率は吸収のある波長0.5μmの付近を中心に大きく減少していきます。その結果、反射と透過を合わせた量は1より大幅に減少し、光のエネルギーがどんどん失われていくことを表しています。

さて、吸収が大きくなると、膜の表面で反射された光が吸収された色の残りの色になるのでしょうか。それを確かめるため、膜の厚さを10μmと厚くして、裏面での反射の効果をほとんどなくしてみました。

その結果が上のグラフです。驚くような結果ですが、光は吸収のある部分でむしろ反射が増えるのです。つまり、緑色の光を吸収する物質では、むしろ緑色の光を強く反射するのです。しかし、その程度はほんの僅かなので、実際に色が付いているとは分からない程度でしょう。

それでは、緑色の光を吸収する物質に光が当たると、どのようにその補色の色、つまり、赤紫の色が付いていると感じるのでしょうか。それには透過率が大幅に減少することが大きな役割を果たしていると思われます。色素の入った物質に光が当たると、表面でわずかに反射されますが、ほとんどの光は膜の中に入り、光が進んでいくとともに吸収されていきます。その光を何とかしてもとに戻してやらないと、補色の色が見えてこないことになります。

そのためには、膜の中に光を散乱される物質を入れてやる必要があります。また、膜の裏側に鏡のような反射率の高いものを貼りつけても可能です。そのために、一般に色素や絵の具の色は不透明になっています。絵の具の場合は顔料の固着剤が光を反射させる役割を果し、紙に印刷した場合には紙の繊維がその役割を果たしていると思われます。透明な色のセロファン紙を白い紙の上に載せると綺麗に色を見せることできますが、黒い紙の上にを載せると色がほとんど分からなくなってしまうというのはこのためです。

【感想】
これまで構造色については研究してきましたが、なぜ、色素で色がつくのかという問題は考えたことがありませんでした。ここで書かれたことは通説ではなく、私が考えたことなので、何かご意見があればぜひお聞かせください。（SK)

構造色研究会のホームページ：http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/

色素の色と構造色