110319

ここ数日、しきりに考えている。何が真実で、何が真実でないのか。真実を求める行動が何で、そうでない行動が何なのか。

聞けば、被災地のホテルはメディアが占拠しているというではないか。だが、そういう部分的(今回の地震全般という意味を全体とするならば)なことについて考えているわけではない。マスメディアの被災地での振舞い方など、おおかた知れている。彼らは安全なところからやってきた他人(直接的な被害を受けていないという意味で)であるわけだし、マスメディアに限らず、他人とは凡そそういうものである。そんなことはわかっている。

昼飯にパンとカレーライスをパクつき、被災地のニュースをぼんやりみていた。ニュースは、地震から一週間が過ぎたことを伝え、中には、密着取材を敢行しているメディアもあった。潰れた家の下から、夫を発見したおばぁさんを映す映像もあった。おじいさんが見つかってよかった。おばぁさんはしきりにそう言っていたそうだ。メディアも、それをしきりに伝えていた。しかし、そうではない。圧倒的にそうではないのだ。私は取材し、報道している記者に、殺意を覚えた。おじいさんがみつかってよかった、と確かにおばぁさんは言っていたことだろう。だが、それだけではないはずだ。被害の当事者の一人であるおばぁさんが、テレビの取材クルーの他人どもに、本心を語れるわけはない。一週間前まで、元気に一緒に暮らしていた夫が、津波に巻き込まれた。一週間後、遺体となって瓦礫の下から発見される。そんな現実ばなれ(それは確かに現実であり、発生確率もゼロではなかったことなのだが)した夫の死を、テレビクルーの前で素直に受け入れられるはずもない。そんなおばぁさんに、「お一人になられて、寂しくないですか」と問いかける記者。私は胸糞悪くなり、目を覆いたくなった。これはテレビドラマではないんだぞ。貴様らのお得意の、台本通りの番組ではないんだぞ。

恐らく、現地で家族の遺体を捜す残された人々を取材しようとするテレビクルーが、まだうようよいるはずなのだ。そういうやつらが、物資を独り占めし、ホテルのやわらかいベッドにくるまり、夜はデリヘルを呼び、本番行為に及んでいる。私はありったけの呪詛をテレビ画面に吐きかけた。

記者の問いに、おばぁさんは答えていた「寂しくなるのは、まだこれからですよ。今は避難場所でみんなと一緒にいるから。本当に一人になったとき、寂しさがくるかもしれないわね。でも大丈夫ですよ。頑張るから」

目の前には、夫の遺体がブルーシートにくるまっているのだ。ふとした拍子に、泣き崩れてしまうに違いない。記者はそういうおばぁさんの心情を知りながらも、取材を続けている。彼らはそういう人種であり、そういう職種の人間だからだ。
無論私とて、彼らの立場にあったら、同じことをするだろう。やみくもに彼らを批判できない。


地震の被災地、及び原発爆発の危険に脅かされている地域がある。
そこでは人・モノ・金の動きが止まり、報道では「ゴーストタウン」と形容されている。現地では、想像を絶する事態の中、既に極限状態を訴える人もでている。

私の住む栃木県佐野市でも、物資の不足は発生している。米はようやくスーパーで手に入るようになったが、ミネラルウォーターはまったく入手できない。ティッシュペーパーも品薄だ。懐中電灯は、ようやく店に並ぶようになったが、電池は品薄だ。一番こまるのがガソリンで、車社会の街なのに、これが不足している。ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、2キロ並ぶなんてざらで、2時間並んだ挙句、売り切れでガソリンが入手できないということもある。これはどうにかしてもらわないと困る。幸い、自家用車も社用車も、災害を前にして満タンにしていたからいいものの、両方ともあと半分ほどしか残っていない。おそらく、あと一週間はもたない。

これはある種の極限状態ではなかろうか。

次のような考えを持つものが現れてもおかしくない。

「もう、被災地や原発爆発の危機にある人々は、見捨てなければいけないのではないか」

災害がおきてから一週間経過した。見方を変えると、一週間経過しても、未だに物資が満足ではない状態なのだ。これが日本の現状だ。それほどの、未曾有の事態だということはわかる。だが、日本国内を見渡せば、無事な地域の方が多いのだ。圧倒的に多い。物資の均等化に力をいれれば、なんてことはない。栃木県までこれほどの物資・ガソリン不足に悩まされることはなかったろう。おそらく、岩手・宮城・福島に隣接する県が、それら被災地に連動し、物資・ガソリン不足に陥っているはずなのである。とくに、東京からの通り道にあり、前面封鎖の東北道に貫かれている栃木県及び、常磐道に貫かれる茨城県は被害甚大であるはずなのだ。そのことに触れるメディアはない。

ある意味、中途半端にそこそこ被害を被っているのが栃木・茨城であろう。ガソリン不足は死活問題である。被災地は、いっそ仕事ができない状態だろうからまだしも、栃木は震災の一時被害は小さいため、経済活動は可能である分、物資不足は尚のこと痛手なのである。

なぜ震災の一時被害の少ない県が、被災地に連動して迷惑を被らなければならないのか。いっそ、被災地は一旦切り捨てるしかないのではないか。一旦見捨ててしまうほうが、日本全体のパフォーマンスを考えると、より効率的なのではないか。物資不足・流通状態もままならない状況で、救済を行ったところで効率が悪い。この際、スピードを犠牲にして、一旦後方の物的・人的救助支援体制を整えた後、十分な戦力を持って失地回復に努めた方が、結果として素早い救済に繋がるのではないか。栃木の物資を充実させるのを優先しろ。被災地は後回しだ。

上記のような考えが許されるか、許されないか。そのようなことを議論したいのではない。だれだって、人を見殺しにして罰の悪さを感じないものはいない。まして、国民を牽引するリーダー達や、社会的責任を持つものたちが、実際そう思ったとしても、そのような考えを表現することは許されない。人道にもとる。つまりはそういうことだ。
だが、今の状況をよくよく考えてみる必要がある。地震から一週間が経過した。近隣の県ですら、物資不足は慢性化しつつある。一方で、原子力発電所の爆発が時間の問題となっている。放射能は首都圏まで汚染を開始した。現状戦力が足りないのだ。能力的にも、物質的にも、被災地や危険地域を救うだけの力を、救助するものたち(自衛隊・警察・消防隊・政治家・学者・各国の支援チーム)が有していないのだ。状況は、まさにその場しのぎに戦力を都度投入していくようであり、計画性を有していない。まさに戦力の逐次投入。用兵においては厳に慎まなければならない行為である。だが、彼らを一方的に非難することはできないだろう。人道第一主義を採る限り、今の努力を継続せざるを得ないのだ。

人道第一主義から撤退することが適わない以上、被災地・危険地域への支援・努力は維持したまま、隣接県への支援を開始する必要があるということだ。輸送手段の確保は絶対必要で、そろそろ東北道を一般開放してもらわないと困る。聞けば、被災地には十分な物資が集まっているものの、それを分配できていないだけであるとのこと。これ以上東北道を封鎖する必要は無い。

何が何でも被災地優先で、状況把握能力の低いトップ・被災地の惨劇を、必要以上に誇張するメディア。いつどこでどんな大規模災害が起きても、この国で起こることは変わらない気がしてならない。もっとも、人間が対処しきれないからこその大規模災害なのであって、津波などの一時被害もさることながら、第二次、第三次被害、その後の流通の混乱まで含めて災害なのであり、人間は、どこまでいってもなすすべなくやられるがままということなのだろうとも思う。それが果たして真実なのかどうか、それは私などには到底分からない。

こうなったら、行き着くところまで行くしかないのではないか。そう思えてきた。



まだまだ書き足りないのだが、長くなりすぎると読むのがきついと思うので、今日はこのへんまでとします

今日の曲 Get back the beatles
110316

実に一ヶ月ぶりの更新だ。DOLにもインしていない。ここ一ヶ月の間に私に起こったこと、それは勿論、いずれこの場で語るつもりだ。それまでは、2011年の2月~3月の半ばまで時間は、空白の時間として置いておく。期が熟したとき、それは自然と語られるはずだ。


停電とやらで、仕事にならない。明日は朝早くから打ち合わせがある。早目に寝なければならない。
帰宅し、シャワーを浴びる。べとついた足の裏を洗い、リフレッシュする。アナルをアックスで洗い、清潔にする。



まずは地震について。私は、今回の地震について、一つだけ考えることがある。

あの地震が起きたとき、気仙沼近辺でセックス中だった人間は何人いたことだろう。

私に一つだけ言えることがあるとすれば、セックス中だった者は、恐らく助かってはいないだろうということだ。射精と同時に地震が来たのならまだしも、揺れが来ている間も腰を振っていた者は、恐らく射精まで腰を振り続けていたはずで、その後の後戯の時間や、お掃除フェラの時間、シャワーの時間、セックス後のコーラの時間や、タバコの時間を考えると、到底津波から逃れることはできなかったのではないかと思う。

津波に巻き込まれるその時まで、セックスを行っていた者がいたかどうかは分からないが、それはそれで素晴らしいことだ。私は世界がもし滅びることが分かったのなら、その瞬間まで、愛する女に己のペニスを挿入し、射精することを望むだろう。海水が怒涛の勢いで押し寄せ、屋内に浸入してくる。ベッドを飲み込む。それでもまだ尚、私は私のペニスを女に突き刺す。それこそが生命であり、生命力そのものなのであり、まさに死と生命とは表裏一体であり、生命のすぐ隣に死があるということの実態なのだと思う。



この2週間、どっぷりはまっていた本を紹介する。

『写楽 閉じた国の幻』島田荘司


my life,my love



東洲斎写楽という謎の浮世絵師。名前は聞いたことのある人も、いると思う。

この本の凄いところは、写楽の謎とは何なのか、写楽の謎とは、一体何が謎なのかという根源的なところにまでさかのぼり、それを解明していく手法をとっていることだろう。写楽の謎について、まったく知らない素人でもすんなり読めるようになっている。

そして、写楽の正体を解き明かすにいたる推理も面白い。

写楽といえば、写楽ほうすけ(三つ目がとおる)を思い浮かべるような人でも、この本を読めば、きっと写楽にはまるはずだ。

続編にも期待大です。


今日の曲です

「Alone Again」 Gilbert O'Sullivan
深夜特急については、何回かこのブログの中で触れてきた。

昨晩、私は深夜特急のDVDを観ていた。第三巻ヨーロッパ編だ。

作者の沢木耕太郎は言う。
旅というものは不思議なもので、金があればあるほどいいものを見ることができる。
しかし、逆もまた真で、金がなければないで、金がない旅でしかみれないものがある。

ギリシャのパトラスからイタリアに向かう船の上で、大沢たかおが李賀の詩を思い出すシーンが、最高の名場面ではあるのだが、今日はその少し続きについて書く。

ギリシャについた大沢たかおは、アテネに向かう。ギリシャの首都であり、古代都市国家であり、パルテノン神殿を擁する一大観光都市である。だが、そんなアテネを、『滅びることを許されないまま、無理やり生きながらえさせられている』と、大沢たかおは感じるのだ。確かにパルテノン神殿の補強の様子をみればそれも納得で、大量の補強でなんとか現在の姿を保っているという感じだ。たかおは、早々にアテネを立ち去り、スパルタに向かう。

スパルタは、かつてアテネと争うほど強力な都市国家であったが、現在その遺跡は徹底的に破壊されているのだった。遺跡の遺構が残る程度であり、建築物はない。観光客もいない。『そこは、何もない場所だった。なにもない場所だが、その徹底した破壊のされかたが、かえって潔さを感じた』たかお君が遺跡をうろついていると、老人が話しかけてきた。老人は、かつてニューヨークの大学で古代ギリシャの歴史を教えていたという。老人は考え事をしたり、考えを整理したりするとき、スパルタ遺跡に足を運ぶのだという

前回、前々回と、2回にわたり、足利市を例にとって駄目な観光地について考えてきた。
駄目な観光地というのは、簡単に商業化し、その土地本来の歴史から遠ざかってしまっているところのことだ。

潔い死に方をしている土地を探したい。私は今、そう切望している。その土地に足を運び、その死を感じる。その土地の大地・空に歴史を感じる。そういう体験がしたくてうずうずしているのだ。安土に行きたい。ふと、そう想った。天下布武の名残を感じたい。滅びた城の跡地に行き、そこで思いを馳せるのだ。きっとそこには、魔王の怨念が立ち込めているに違いないのだ。

さて、前回の続きである。
足利尊氏のその略歴を追ってみると、出身地足利市での活動は、ほとんどないことがわかる。足利尊氏について詳しくないし、ウィキでざっと読んだ程度だが、やはり活動の多くは近畿、もしくは九州地方ということになっている。勿論、だからといって足利尊氏と足利市の関係性がまったくない、というわけではなく、足利氏と足利市は切っても切れない関係にあるのは確かだと思う。足利氏の武力・財力の根源は、足利にあったのだろうし、それを根底に据えつつ、尊氏は覇道を進んだのだとも思う。

今の北関東、いわゆる坂東武者のツワモノぶりは、多くの書物に語られるところである。
平家物語の登場人物の中でも、那須与一は有名であり、東国武者達の豪傑っぷりは強調されている。那須与一にいたっては、弓の練習をしすぎたせいで、左右の腕の長さが違ったという。なんという練習熱心。なんという強さへの執着。華美な世界に身をおかず、一心不乱に仕事をする。ある意味つまらない人たちであり、真面目一辺倒であり、堅苦しいお方たちである。だが、そんな集団を率いた源氏はやはり平氏より強かったわけだし、足利軍がその血を色濃く受け継いだモノたちであるならば、やはり坂東武者は尊氏の覇道においても、大いに活躍したことだろう。

そんなことに思いを馳せつつ、では足利市の無様な現状を、どうすればいいか、ということについて考えたい。私の中での結論、それは、「このまま潔く滅びよ」であり、「観光名所たることを目指すのはやめてしまへ」である。それこそが、足利市にとって相応しいと私は思う。足利氏ゆかりの地、下野国足利郡足利庄。現在地は、栃木県足利市・佐野市近辺だ。そこは、観光名所として華美に賑わう場所ではない。綺麗な博物館のあるべき場所でもない。ただ、歴史を想う人がその地を訪れ、山を見て、平地を見て、空を見て、坂東武者について想いを馳せるべき場所であろう。そこには何もなくていいのだ。そっと街を歩き、何を感じるか。それはその人それぞれ。そうしているうちに、ふと、足利氏の名残を感じることができれば、そこのこそ、足利市を訪れた意味があるというものだろう。目で見ようとしては、そこには何もない。余計に、大切なものから遠ざかってしまう。そういう場所だ。

実際問題、足利市は観光事業に大失敗しているし、財政難なので、それが好転することもないであろう。そういう意味では、まことに坂東武者らしい人たちである。かえるの子はかえるである。


この青い空、みどり ~BLUE IN GREEN~ / Southern All Stars