改めまして子安です。
2017年7月。海を渡ってのチャレンジ。
からの2021年、凱旋帰国してまたまた、新たなるチャレンジ‼️
※1992年.........21歳 レストラン事業 気合いで成功
※1995年.........25歳 雑貨事業 マグレで成功
※1998年.........28歳 整体ヘルス事業
国内外展開成功
※2017年..........47歳 海外事業
※2021年.........ついに・・・・
日本地方活性化プロジェクト始動‼️
いつまでもチャレンジャーとして挑戦していきたい!
区切りのタイミングなんで、改めて自分の半生を描いてみました。長文なので3〜4回に分けて投稿します。
【 子安裕樹 〜直球人生〜 】
産まれたのは1970年3月。横浜市南区という街が故郷です。
後のカラダファクトリーの前身、横浜南整体院を開院したのはこの土地になります。
幼い頃は親の転勤で千葉県、君津市、茂原市と移り住みました。当時はどちらも海と山の田舎町で景色素晴らしい住みやすい街だったのを覚えています。
今は変わっちゃたんでしょうね〜
週末はよく、海や山に出掛け、アウトドアライフな両親でした。
3歳位ですが、保育園にて、巨大な象の滑り台がドカンと園庭にあったんです。この保育園のシンボルだったのですが、その巨大な象を相手に仲間たちを集め、戦ったり、自分達で遊びを開発して、象一体で一年間、飽きずに遊び狂っていました。
遊びの開発を覚えたのはこの頃です。
この頃、社宅に住んでいた事もあり、父親は毎日毎晩、会社の仲間たちを連れ、夜な夜な自宅に集まり、麻雀や飲み会を繰り広げていました。
母親もそれに付き合わされていた感じでしたよ・・・
なので、私は酔っ払った大人たちに365日、囲まれているのが日常でした。
一人っ子の一人息子なんですが、今、思い出しても大人たちに手荒に扱われながら、逞しく育った環境だっなぁ〜と・・・・・
小学校に入学すると同時に横浜に戻り、祖父母と両親との二世帯で暮らし始めました。
祖父はサラリーマンを退職後、街の不動産屋さんを営み、自宅1階の8畳ほどのスペースを事務所にし、気ままに、タバコをプカプカさせながら、事務チェアーに座っていた事を思い出します。
昔の不動産屋さんは、窓中にペタペタ募集チラシを貼りまくりでしたよ・・・・そんな時代です。
私は小学校から帰宅すると必ずこの事務所を通って自宅の玄関に行く為、ちょいちょい、立ち寄り爺ちゃんの話し相手になっていました。
事務所でお客さまとのやり取りなどの光景は殆ど記憶にないんです。儲かってたのかなぁ〜?(笑
小学校時代は、落ち着きのない、話し好きの、やかましい子供!という評価でした。お陰さまで6年間連続評価を頂きました。
治りませんよね〜〜。(泣
1年生から町内の野球部に所属して毎日、練習に励んでいました。それと同時に週末はラグビースクールにも所属し、父親に連れられ(ラグビーの先生でした)、となり町のグランドに通っていました。ラグビーは余り好きでは無かったような記憶があります。ただ、ラグビーの帰りが昼時と重なり、父親がラーメン屋に連れて行ってくれたのが、最大のモチベーションになっていました。
そんな落ち着きのない、話し好きなやかましい、スポーツ少年でしたが、小学校6年生の時、人生最大のモテ期が到来し、2月のバレンタインデーの日が最高潮に達し、なんと.........チョコを50個以上貰ったという快挙!!
周りの友人に冷やかされちゃいました。
アレは後にも先にも本当にモテたなぁ〜〜
バカになりきるってことを覚えた時代でした。
地元の中学に進みますが、時代と地域環境とが重なり、横浜市の中学では、指折りの素行の悪い有名な中学でした。
校庭にはいつも改造バイクにまたがる不良生徒たちが何人もたむろしていましたし、授業を中断させ、暴れ回るという光景も日常茶飯事でした。
その度に『わ〜い自習だ、自習だ〜!』と喜んでいたのは私です。
私も決して真面目な学生とは言えず、ヤンチャなほうでしたので、その辺は上手く世渡りをしておりました!不良とも仲良くし、自分の立ち位置をしっかり確保し、ひょうきん担当的な立場でポジションを確立していました。
まぁ振り返るとよく遊びましたが、街なかでは、他校生によく絡み、絡まれ、ハイリスクな時間も費やしましたよ〜〜。
勉強のほうは、全く興味が湧かず、遊んでばかりいたため、成績は悪く、よく母親が学校に呼ばれ、担任に怒られていました。
母親を怒っても仕方ないのに・・・・(笑)
中学2年の二学期から、流石にマズイと気付き、改心して、塾に通いながら今までにはなく勉強モードに突入しました。案外、勉強というものに集中してみると、ツマラナイものでもなく、周りに負けたくないという負けん気で、結構、成績も上がりました。
なんとか甲斐あって地元学区の進学校に高校は進み、ここからは部活に目覚めました!ラグビー部に所属し、毎日、遅くまで練習に明け暮れていました・・・・・。 と言うと当時を知っているチームメイトに叱られるので、本当を言えば、練習はよくサボってしまったクチでした。女の子とのデートを優先にしてしまう事も多々ありまして.......。
続く

