「フェアウェル」

公園の木が切り倒された。そしてこの公園もいずれ撤去されるそうだ。
小学生の頃に、果敢に木登りに挑んで降りられなくなったり。初デートの時の待ち合わせの場所だったり。
いろいろな思い出がその木にはあった。
その楓の木がトラックの荷台に積まれて、僕の横を通り過ぎた。

ふと、後ろから引っぱられるような気がした。
振り返ると、一人の少女が僕のシャツのすそをつまんで、ニコニコと笑って立っていた。
所々、茶色がかった赤い色の髪をしていた。

彼女に全く見覚えがなかったので、僕が「誰ですか?」と言おうとすると、
それよりも先に彼女は
"遊ぼっ"と言って、
公園のほうへ走って行ってしまった。
そして、少女はオレンジ色の「工事中」とかかれたフェンスをよじ登った。

「入っちゃだめだって!」僕は言った。
でも、彼女はフェンスを越えてしまった。
そして、その向こう側で"どうして来ないの?"とでも言いたそうな顔をしてこっちを見ていた。

僕は頭をポリポリとかいて、「なんで俺が子供の相手なんか」と思いながらも、公園に向かって歩き出すと、彼女はそれを見て安心したのか、遊具のほうへ走っていった。

そして、僕は何故か誘われるようにしてフェンスを乗り越えた。


その公園の隅に歳月を感じさせる水色のシーソーがあった。
そこにはあの赤い少女が座っていて、笑顔で僕を見ている。
"早く座れ"ということだろうか。

渋々、僕は向かい側に座る。
しかし、高校生の僕と小学生ぐらいであろう彼女じゃ体重が全然違う。
どんなに力を入れても、僕は持ち上がらない。何度も何度も、赤い髪をゆらゆらさせながら。
なんだかおかしく思えて、僕も自然と笑みがこぼれる。
僕が腰を浮かしてあげた。
すると、彼女の体は簡単に持ちあがり、その度に黄色い声が上がった。

交互に上下するという単純なこと。
ミシッ、ミシッときしむ音がなるシーソーに「折れないかな」と思いつつも、しばらく遊んでいた。


やがて、彼女はシーソーから降りると、
「一度、遊んでみたかったんだ」
と、満足したのか、そう言った声は弾んでいた。

でも、どこか引っかかるような言葉だった。

僕が黙っていると、彼女の目から次第に喜びや嬉しさのようなものは消えて、寂しさや悲しさが伝わってきた。
彼女は無理して、笑おうとしているようだったけれども。

「じゃあ…次、行こっ」
と僕の手を取って、近くにあったブランコに向かっていった。

それから、僕と彼女は一つずつ、公園の遊具を回っていった。

ブランコ、すべり台、ジャングルジム。
楓の木に続いて、明日にも撤去されるかもしれない遊具たち。

その全てに、彼女は
「一度、遊んでみたかったんだ」
と言った。


「...ありがとう」
「久々だよ。こんなに遊んだの」
そう言うと、僕は自然に笑顔が出て、足元にやっていた視線を彼女に戻した。
でも、さっきまでのような子供のような笑顔はしていなかった。その姿はどこか寂しそうだった。

僕は笑顔のやり場に困ってしまい、なんだか気まずくなって、背中を向けて公園の外へ歩き出そうとした。

彼女も付いてきそうな気がした。何故だかは知らないけれど。

そして、彼女は出会った時のように、僕のシャツのすそを引っ張った。

それから、彼女はぎゅっと手に力を込めて言った。

「...今まで...ありがとう」

「...えっ?」

強い風が吹いた。
そして振り返った僕の目の前に赤い少女はもういなかった。

僕の足元に楓の葉が一枚、落ちていた。

それは、所々、茶色がかった赤い色の楓だった。

僕が手を伸ばし、拾い上げようとしたとき、その赤い楓は風にのって飛んでいってしまった。
ブランコの上へ、ゆらゆらと揺れて飛んで、やがて見えなくなった。

澄みきった空を見上げた。
それは小さい頃に楓の木を見上げた時のように。

僕はふう、と息をついて歩きはじめた。

横を通り過ぎる風に乗って、こうばしい秋の匂いがする。
でもそれも少し、ほこりっぽい冬の匂いになってきた。

もう、紅葉舞う季節なのかもしれない。



Fin