あれれーーー
最後にブログ書いたのがかれこれ2ヶ月近く前?
あれ?
一体何があったのか、気がついたら春になっていた。

ん~~~~
この2ヶ月確かにいろんな事があったなーー
溜め込んでしまって夏休み最後の日に書いた宿題の絵日記の様に(絵はないけど)
ちょっと思い出してみよう。

2月の頭、子供の高熱が1週間続く。
そしてそれまで暇だった仕事が単発でちょこちょこっと入って来た。
翌週旦那がバケーションを取るというので最近手に入れた車でいろんな所へ
エクスカーション。
冬のビーチも何度か訪れとても楽しかった。

バケーションが開けたと思うや否や、旦那仕事解雇。
あ、子供見てもらえるから結構楽???と思ったのもつかの間。
逆に家におられると自分のペースがすっかり崩れなんか、、、結構疲労溜まる。

それと同時に子供の秋からキンダー入学にあたってのお受験準備に追われる
随分といろいろリサーチしたり、学校のオープンハウス頑張って行ったなー

そうそう、その頃、私が入っているこの地域の演劇人が集まってやってる
シアターグループのディレクターが実家のオクラホマに帰っていて、
何故か私がその間、ディレクターの代わりを勤める様言われ、何か私だけがいこ
そんな器じゃないのに頑張ってリハーサル行ったりしたので、
もの凄く疲れたーー (もうディレクター帰ってきたので凄くホッ)

3月に入るといろいろやってるガイド業もシーズンに入り忙しくなってきた。

3/11の震災のチャリティーイベントがブルックリンであり、参加しみたらし団子を作って行って売った。アメリカ人にもかなり請けたのでびっくりした。

キンダーの願書提出も全部終わったと思ってた矢先に上の階に住む住民から
全く考慮してなかった私立の学校を薦められ取りあえず申し込んでみる事にした。
まさかそれがこんなに大変な事だとは知らずに、、、
それについてはまた今度書きます。
それで予想外に時間が取られ、結構予定が狂ってしまった。

仕事はどんどん忙しくなる。

ダウンタウンのミートパッキングエリアにかつて私も旦那も働いていた、とても沢山の思い出が詰まっている日本食レストラン『祭り』が3月をもって閉店する事に。
フェイスブックを通じて昔の従業員の最後の集まりがあったり、うちも個人で食事に行ったり、一緒に昔働いてた友人が訪ねて来たり、ちまたで『祭り』さよならフィーバーだった。

そして私の親しくしている友人との間にあるアクシデントが起こり、揉めたりしたし結構悩んだ。お金が絡んでる事だったし臨時出費は痛かったけど今思えばこういう事故って何かを学ばせる為に起こった事かもしれない、、、と最後には思える様になった。

人生いろいろある。

気がついたら先週から旦那もパートの仕事を探して来て働き出している。
私は彼が家に居てくれると思って週6日で仕事し始めたのに、何~~~~???
って感じですが、何とか近所の住民に助けてもらい、つまり子供をあちこちに預け回し、、、(実際彼はそれをとても喜んでいる、寂しい一人っ子)
何とか1日1日が終わって行きます。
いつも前日に『明日はどうする??』と話合い、どっちが子供をピックアップし、誰が誰をどこまで送っていくだとか、、、私の仕事も毎日スケジュールが違うので
とても、とてもややこしい。

それでも仕事があるというのは有り難い。

あ、気がついたら桜が満開。
ニューヨークの白い桜も日本の桜も見事に咲いている。


最近どうもポーリッシュづいている私。
つまりポーランド人と縁があるという事。
ポーランドだけじゃなく東欧の人全般と言ってもいいけど。

まず近所に済んでいるママ友で一番の仲良しがポーランド人のオラ。名はアレキサンドラだけどニックネームがオラになるらしい。
何でその名前からそのニックネームになるの?と聞くとだってアメリカ人だってロバートがボブになり、ウイリアムがビルになるでしょ?そんな感じ、と説明してくれた。
成る程(何が成る程なんだか??)

彼女はアメリカ人の旦那さんスティーブとの間に男の子の双子、ナタンとノアがいる。
うちの息子とクラスメートでもありとても仲良し。いつも彼女が子供と話す時はポーリッシュなので私にはとても聞き慣れた言語。
ここの子供達とうちの息子は私たち家族同士でかあんり頻繁にベビーシッター交換をしているとても育児には心強い見方。

そして同じアパートビルに住んでいるモニカもポーランド人でアメリカ人の旦那さんカールがいる。
娘は2歳になるマヤちゃん。(何か日本っぽい気が、、、)
彼らもばりばりの白人カップルだけど日本が大好きみたいで、この間も
ニュージャージーの大型日系スーパーに行くと偶然会った。
マヤちゃんが出来るまではしょっちゅう来ていたそうだ。
ベーシストでミュージシャンのカールは以前は尺八も吹いていたそう。

この間、中古車を買った。
クレイグスリストといういろんな個人売買で大幅に利用できるサイトを見ていろいろ物色して買ったSUBARU。
これも偶然ポーランド人からの購入。
名前はミスター、コバスキー。
オラ曰くこの名前はアメリカでのスミスさんにあたるそう。
日本なら山田さん?
でもコバスキーの事をうちでは小林さんと呼ぶ事にしている(なんのこっちゃ?)


ブルガリア人とも縁がある。
これまた同じビルの上に住んでいるブルガリア人の家族がいるのだけど
そこはその夫婦と奥さんの実母と同居だが、娘はチャイニーズ。
つまり中国から養子をして引き取ったその娘の名前がエムナヴ。
おばあちゃんの名前のエマとおじいちゃんの名前のナヴ何とかから取ったらしい。
そこもそのおばあちゃんが英語を全く話せなくていつもコミュニケーション取るのに苦労するけど本当にいい人達で、私がどうしても数時間出かけないと行けない時は、
そこに頼めばいつも嫌な顔一つしないで息子を預かってくれる。
この間なんか私がオペラを観に行きたいと言ったら夜遅くなるからとお泊まりもさせてくれた。

1週間旅行に行った時も鍵を彼女に渡してうちの猫2匹の餌やりに来てくれていた。
その家族が話す時もいつもブルガリア語なのでそれも聞き慣れた言語。
ポーリッシュと何か似てるんだな、これが。

この間プレイグラウンドで息子の同じ年くらいの男の子を遊ばせていた家族が
何かそれらしき言語で話していた。
そのママと暫く話してて近くでプリスクールを探してると言うのでうちの息子が
通っている学校の事を教えてあげた。
とても興味を示していてリンクをメールして欲しいというのでメルアドを聞いた。
そしたらあの何とかスキーというポーリッシュとかロシア系の名前。
ナノであなたはポーリッシュなの?と聞いてみたら、いいえブルガリア人との答え。
私はポーリッシュかブルガリアかどっちかと思ったけど確信がなかったというと、『あなたはポーリッシュとブルガリア語の違いが分かるの!?』とびっくりしていた。

いえ、はっきりとは分からないですが、その二つのどっちかだと分かりましたよ。

後日オラの家でホームパーティをすると誘われて行ってみたら、子供達のクラスメートの女の子が来ていてその子もブルガリア人だった。
そこはパパがブルガリア人でママがアメリカ人。
このママがジーナディヴィスそっくり。(どうでもいいけど)

その後、これまたプレイグラウンドで知り合ったすぐ近くに住むママ友アイリーンから
子供のバースデーパーティに誘われた。
最初彼女は何人か分からなかったが、出身地を聞いてみるとロシアだった。
オラにその話をすると、ポーランド人はロシア人が余り好きではないそうだ。
食べ物とかが似てるのが多いからこれロシアのと似てるね、何が違うの?と聞くと
一緒にするな!!!と良く怒られる。


最後に、先日友達とブロードウェイを観に行った。
その帰りタイムズスクエア近くになるその辺のワインバーに入って一杯飲む事にした。
バーテンダーの若い男がびっくりするくらいノリが良くって良く喋る良く喋る。
でも訛りが結構あって、、、風貌的には何か80年代の学ラン来てる『ツッパり風』
黒髪をリーゼントっぽい形でまとめてる。
あなたどこの人?とついに聞いてみると『『ロシアから去年やって来た。憧れのニューヨークで働けてこんな嬉しい事はない』と言う事でノリ乗りだった。

今まで知り合ったロシア人はどちらかと言うととっつきにくい人が多く、とても初対面の人に対してフレンドリーにはなれない人種だと信じていたけど、若い層はどうも違うらしい。
しかしファッションが何か、、、20年前の日本、、、、

どっちにしても近頃本当に東欧づいている私。






今日、近所に住んでいるママ友に久しぶりに会って話した。
彼女はタイ人の旦那さんがいるんだけど、その旦那さんが結構教熱心な事もあり、長男(5歳)のお受験の為、去年の今頃はマンハッタンの有名校へテストや面接やらとかけずり回っていた。
ニューヨークのパブリックスクールの中にIQが
高く、選りすぐられた頭のいい子だけが入れる"Gift and Talented"というプログラムがある。
キンダーガーデン(幼稚園)からそこに入れればせめて小学校の間はそこで落ち着けるという事もあり(それに公立なので学費も要らないし)もう4歳児のお受験に教育熱心なニューヨーカーの親達はかけずり回っている。
一番有名で人気のハンターという所なんてたった60人しか取らないのに3000人が申し込むのだそうな。(何でここだけ日本昔話??)

うちの息子も来年キンダーなので去年の秋くらいにはそれに向けて
願書を出しておかなければいけなかったのだけど、去年の秋がたまたま忙しくそんな事すっかり忘れてた。願書を出さないとそれに向けてのテストも申し込めなかったから遅過ぎたーー。
ははは、いい加減なものだ。

いや、正直な話、ちょっと興味があってうちの子はどのくらいのレベルかを知りたかっただけで本気でそのG&Tプログラムに入れたかった訳じゃない。
勿論、アメリカで子供に成功させようと頑張っている親達は子供達には『医者か弁護士』になって欲しいと本気で願い、子供もそれに向けて頑張っていて将来何になりたいか?と聞かれたら『医者』か『弁護士』という答えが返ってくる事が多いのには驚かされる。
まー、ここはアメリカ、超資本主義で合理的な国ですし、大概はお金があれば解決出来ますからね。

話は逸れましたが、その去年までそういう感じで必死だったそのママ友は、今はハーフのその息子がニュージャージーにある日本語学校に通っていて、とても気に入ってるのだそう。そして何よりもそこの学校はアカデミックな事(読み書きや算数など)は小学校まではやらせなくて良いという方針なので、せっせとアウトドアのイベントや食育等に力を入れているらしい。
彼女も最近はそれで良かったと思っているらしい。

それを聞いて何となくホッとした私。

私が思う所の本当の良い教育って言うのは、『生きる力』を養ってあげる事かなって思う。
生きる力っていうのは『人間力』って言うか、どんな状況におかれても自分で考えて、自分で決めて、自分で行動する。そして出来たら楽しく、ポジティブにそれらをやって欲しい。
去年「産經新聞』に載ってた子供の頃の『外遊び』がどれだけ重要で上で言った様な事は全部「外遊び』で養われると書いていた。
その人(すいません、名前も忘れましたが教育のカウンセラーみたいな事をやっている人)は14歳までは外遊びを思いっきりやれ、勉強はその後からやっても十分だ、と言っている。これは勿論、賛否両論でしょうが。

私はそれを読んだ時にはっきりと『自分が思ってる教育のビジョン』を見た様な気がして嬉しかった。

そうそう、そう、そう、そうそうそう。
いくら有名校出てても、エリートになってどんな金持ちになって成功しても、それと『幸せ』は決して比例しないのだから。
勿論、両方あればそれに越した事はない。
でも順番から行くと、『生きる力』って言うのは後でつくものではない気がする。
勉強は少々遅いスタートでも『外遊び』で鍛えられた能力や決断力、工夫などがあれば幾らでも追いつく事が出来る。
でも自然の中でしか学べない事もあって、自然の中で自然に学んでいる『ごく普通の事』が最近はなかなか出来なくなって来ていて、都会で生活していると子供に対して『だめ、だめ』と言わなければいけない事が多すぎて、、、本当に大切な事を学びそびれてる気がする。
『しーー、大きな声を出したら駄目』
『どたばた走らないでーー下に響くから』
『あ~~~あ、またこぼして』
『あーーー、そこにボール投げないで、壊れるから」
『あーー、そこには落書きしないで』
『あーー、コップの水で遊んだらびしょびしょになるから止めなさい』
『窓からそんなに乗り出さないで、危ないから』
『虫が入るから早く閉めて』
『テーブルの上に登らないで』
『タオル掛けにぶら下がらないで、折れるー』
『ソファの上でそんなに飛び跳ねないでーー』
『食べ物で遊ばない!!!!』

これらってどれを取っても『悪い事』ではないですよね。
状況が許してないだけで、外でだったら全部自由にやってオッケーな事ばかり。
でも都会のアパートとかで生活してると中なかさせてあげられない事ばかりで、親もいちいち注意し続ける事に疲れて、ついテレビやパソコンを見させて黙らせてしまうんですよねー

偉そうな事を言っても私もそうです。

でも出来るだけ自然に触れさせ、外で遊ばせる様に気をつけています。

教育っていろいろです。