今まで出会ってきた人で自分に影響を与えてくれた人は、皆共通して
『考えろ』という言葉をくれていた。
いつの間にか社会に受け身でいた自分を変えてくれた言葉と人々。
幼い頃、世界は全て眩しくて、おとぎ話のような場所だと思っていた。
物心着く時に、社会、一般常識、世間、人の目というものを知るようになった。
眩しさで輝いていた世界は、僕の瞳に淀みを見せ始め、
いつの間にかこの世界は閉塞感や嫌なことで溢れている。そう思うようになった。
自分は学校に馴染める子ではなかった。
何故、それをしなければいけないのか、理解ができなかったから。
また納得のいく答えをくれる大人も周りにいなかったから。
けれどいつの間にか、自分が疑問を感じる感覚が麻痺していった。
皆と同じになりたかったから。普通になりたかったから。
一般的な人になりたかったから。
思考を停止させて受け身でいること、それが普通の社会に馴染む自分なりの方法だった。
けど、根底の(魂の)声を無視して生きることは自分にはどうしてもできなくて。
少しずつ、少しずつ、現実世界と理想とする生き方のギャップや違和感が大きくなっていった。
沢山考えた。どうしたらいいか?どうなったら幸せなのか?
どうしたら心地よく生きていけるのか?
考えることは人や様々な価値観、良書や映画、音楽、芸術など色々なことと自分を出逢わせてくれた。
思考を溢れさせていた自分は、世間に出会い思考を停止させることを覚え、
それが当たり前になった頃に違和感と『考えろ』という言葉をくれる人に沢山出会った。
そして今は考えることによって色んな世界に触れている。
子供の頃にみた世界とは違うけど、今でも世界は眩しいほどの輝きに溢れてる。
暗さを知り、影を知った後にみた世界の輝きは涙が出るほど美しく綺麗で温かい。
『考えろ』の言葉をくれた人は上司や専門学校の先生だったから、仕事脳(左脳)で考える癖を直すのにも苦労はしたけど笑。ものすごく感謝している。
目を覚ましてくれてありがとうございましたと☺︎