近現代の交響曲作曲家である、マーラー、ショスタコーヴィチやブルックナーが
好きであるならば聞いたほうがいいということで、
今回はこのペッテションの交響曲7番を聞いてみた。
彼自身は1911-1980という間に生きている人で、
ショスタコーヴィチとだいたい同年代であった。
交響曲7番は、1967年に作られたものである。
開始15分くらいまでは、
執拗に同じテーマ、というかうなりが続いていく。
20分代にやると、ブルックナーのアダージョにも似た
救済の旋律が弦によって弾かれる。
今まで我慢してきてよかった!
無調な雰囲気がずっとただよっていたため、
落ち着くところにすーっと入った感じで、
何か得も言われぬ穏やかな気持ちになります。
ぶらぼー!
その後ある種のカオスが訪れます。
しかしやがてまた訪れるのは何か得体のしれない静けさでした。
全体としてはストーリー性が見えやすい音楽だったのでは、と。
どうにも彼の音楽は陰鬱なものを繋ぎあわせて作ったと
書いてあることが多く、それに比べて聞きやすいものだったなと。
彼の音楽がしっくりくるときは自分が本当にダメになってしまったときか、
あるいは本当に絶好調なときか、
とにかく両極端な時であると思います。
好きであるならば聞いたほうがいいということで、
今回はこのペッテションの交響曲7番を聞いてみた。
彼自身は1911-1980という間に生きている人で、
ショスタコーヴィチとだいたい同年代であった。
交響曲7番は、1967年に作られたものである。
開始15分くらいまでは、
執拗に同じテーマ、というかうなりが続いていく。
20分代にやると、ブルックナーのアダージョにも似た
救済の旋律が弦によって弾かれる。
今まで我慢してきてよかった!
無調な雰囲気がずっとただよっていたため、
落ち着くところにすーっと入った感じで、
何か得も言われぬ穏やかな気持ちになります。
ぶらぼー!
その後ある種のカオスが訪れます。
しかしやがてまた訪れるのは何か得体のしれない静けさでした。
全体としてはストーリー性が見えやすい音楽だったのでは、と。
どうにも彼の音楽は陰鬱なものを繋ぎあわせて作ったと
書いてあることが多く、それに比べて聞きやすいものだったなと。
彼の音楽がしっくりくるときは自分が本当にダメになってしまったときか、
あるいは本当に絶好調なときか、
とにかく両極端な時であると思います。









