高知ペンクラブのブログ

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高知ペンクラブ会員および非会員の皆様との対話用のページです。
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Amebaでブログを始めよう!

 ある文学者が「名も無き花」という表現を使ったところ、これに植物学者の牧野富太郎博士が噛みついたという話を聞いたことがある。「名も無き花などない。名も知らぬ花と言え。」と反発したという話だった。(出典不明)

 牧野博士からすれば、文学者の無知を突いた、というところだろうが、これも変な話である。はたして花は自分の名前を知っているのだろうか。花の名前は人間が勝手に作った。花にとってはあずかり知らぬことである。

 似たような話だが、「市民とはオレのことかと市民言い」という川柳がある。政治家たちが勝手に「市民を代表して」とか「市民の意向に沿って」とか言いふらす。しかし本当は政治家自身の権威付けや主張の正当性のため「市民」が利用されている場合がしばしばある。「市民」は怒っていいと思う。

 牧野博士を政治家たちと同断に扱って申し訳ないが、どちらも自分の世界や立場のために、当の対象を無視していることには変わりはない。この光景は、悲劇のようにも喜劇のようにも見えるが、いずれにしろこの光景を生んでいるのは一種の傲慢である。

 

                (ビュリダンのロバ)

高知ペンクラブは「会員の交流」を謳っているけれど、その実現された姿というものはなかなかイメージしづらい。懇親会で酒を飲みながら話をすると、ときどき盛り上がるけれど……。

特に、異ジャンル間の話というのはなかなか難しい。

と、書いたところで、かつて書いた“ようだい”を思い出した。

 

 

    小説

A君が言う。

「ロバさん、小説を書いた事はないですか」

詩を書いていれば小説にも興味があるだろう、というお手軽な質問に答えることはなかなか難しい。

「うーん、ねえ。まあ、1つだけ書き始めたことはあったんだがねえ。途中でやめた。」

「ああ、なるほど。どんな小説だったんですか」

「うん、『山国』という題名だったけれど、書き出しはこうだった。

  国境の長いトンネルを抜けるとそこは……」

「うん?」

「トンネルだった。

 その暗く長いトンネルを抜けると……」

「…………」

「またまたトンネルだった。

 その暗く暗く長く長いトンネルを抜けると……」

「ええっ、いやあトンネルばかりですね。」

「そうだ。こういう叙述が5回ばかり続くんだが、そこで読者の中に山国というイメージがぱあっと広がる。いやあ我ながらこの趣向には震えたね。」

「はあ(溜息)。それでトンネルを全部抜けるとどうなったんですか」

「うん、この書き出しがあまりに素晴らしかったもので、ついにその先を書き続けることができなかった」

そういうと、A君はなぜか納得した顔をした。

 

 

異ジャンル交流にはつながらないかも……。

用事がどっさりたまっているのにこういうブログを書いていていいものだろうか。

と思う今日この頃です。

 

        (ビュリダンのロバ)

ロバが一頭立っている。

ロバから異なる2つの方向に干し草が見える。

この2つの干し草が、いずれもロバから等距離にあり、その量も等しい、とする。

ロバはどちらを選ぶだろう?

ーその答えは

「ロバはどちらを選ぶこともできずについにその場で餓死してしまう。」

 

……と、これがフランスのビュリダンというスコラ学者が提出した問題だといわれている。

(出典は怪しいらしい)

 

哲学では「自由意志」論の問題として、心理学では「選択の壁」の問題として論じられているらしいが

わが高知ペンクラブブログの編集者の場合は単なる

  優柔不断

を意味しているわけである。……と、威張っていいものだろうか?

 

             (ビュリダンのロバ)

このページに、これからいろんな話を書いてゆきます。

時々書きますので

時々覗いてみてください。

なお、管理者名は 「高知ペンクラブ事務局」

編集者名は「ビュリダンのロバ」です。