今日から大阪支所内の各お寺さんに巡回布教として、本山布教師の先生がお話に来られる年に一度の行事がありました。
その巡回布教の前座布教を私が仰せつかり、少しお話をさせていただきました。
今日から一週間かけて布教師の先生が大阪の各地のお寺さんを巡り、各エリアの檀家さんや信者さんに弘法大師空海、お大師様の教えを説いて回られます。
今日は、私のお寺から近くのエリアの宝珠院さんで開催されました。その時のお話を載せさせていただこうと思います。
箕面はこの時期になりますと紅葉が色づき始め、紅葉がりに来られる方が多いです。紅葉見物の観光の名所にもなっておりますが、昨年は台風の影響で箕面の滝道が封鎖されまして、最近やっと開通したそうです。
また、今年は台風だけではなく、北部地震、その後の集中豪雨、そして台風と自然災害の多い年になりました。私は箕面の東半分と茨木のエリアの組寺長として連絡係をしております。
地震が起こっての直後に、大阪支所より被害状況を知らせて欲しいと連絡があり、各お寺に電話しました。
あるお寺では、お墓や石灯籠が倒れて壊れた。
あるお寺では本尊さんのお厨子を開けると後ろを向いてはった。
本堂内の仏具が壊れたり、瓦が落ちたり、壁に亀裂が入ったりと、倒壊したお寺さんは無いのは不幸中の幸いかもしれませんが、修復作業やその工面に追われているお寺さんが多いのが現状です。
どのお寺さんも、本堂の壁にヒビが入ってもそのままで通常営業をされております。うちに入ってもらっている大工さんも大忙しらしくてきてくれない状況です。
うちの近所でもまだブルーシートを屋根に貼っているお宅が少なく無いです。半年以上待たないと修理に来てもらえないらしいです。まだ修理に来てもらえない独り住まいのおばあちゃんは、家を空けて息子さん夫婦の元で住まわれるようになったりと、暮らしや環境が大きく変わった方も少なくありません。
そんな状況下で今年の自治布教団での年に一度の研修旅行に東北地震の震災地に行ってまいりました。震災時は大阪まで揺れるほどの大地震、そして多くの方が巻き添えになった津波。震災以降衝撃的な映像が毎日のように流れていましたので忘れることはありません。
その研修旅行の中で、女川に行ってまいりました。天候にも恵まれ、綺麗な山々と綺麗な海を見ながらのバス移動でした。やはり東北の海は大阪湾とは違いますね。ずっと見てられます。ぼーっと眺めるだけで癒されます。ところが海を眺めながらバスに揺られていると急に視界を遮るものが現れました。海沿いに二階三階建くらいはある壁が海岸沿いにそびえ立っていました。それは津波の被害に遭わないようにするための防災用の壁でした。綺麗な景観を壊してまでこのような壁を作らないといけないほどの津波だったのだと改めて被害の大きさを目の当たりにしました。
その津波の被害の大きかった女川には一般社団法人うみねこという団体がありまして、女川の人たちが震災以降にも元気を取り戻そうと応援する活動をされている団体です。代表の方のお話を聞くことができました。
女川って町はご高齢の方の多い町だそうです。若手は都市圏で働く方が多いので、中には一人で暮らしているご高齢の方もいらっしゃいます。そんな方達にとって避難所や仮設住宅での暮らしは不安や孤独と隣り合わせで、落ち着くことのできない環境です。
精神的にもまいってきます。寂しい、することもない、生きていてもいいことない、、と時間が立つほどに元気を失っていった。そんの光景を目の当たりにされたそうです。
「今必要なのは誰かと一緒にいられる時間と場所、そして少しのおこずかいだ」
と強く感じたそうで、少しでもホッとできる時間と場所を、そしてやりがいを感じることのできる何かがあれば.....と、
津波に耐えて残った納屋を改築しみんなの活動と交流の拠点にしようと、果樹園カフェゆめハウスというのを始めました。みんなが集まってワイワイしながら元気になるような場所となることを願って。
おこずかい稼ぎに物品の販売、帰ってきてくれる子供らや孫たちに少しくらいはお小遣いもあげたい、たまにはおばぁちゃんらしいこともしてやりたい。そんなことを考えながら、その制作作業を手作業でお母さんがたが集まって始められたそうです。支援物資で届くTシャツを使ってカラフルなコースターや布草履を編んだりと。その草履は全国に送り届けられ、ありがとう、最高の履き心地だよ、などの感謝のお手紙が送られて来たそうで、作り手のお母さんかたの心を温めてくれたそうで生きがいを感じられたそうです。
また女川は漁師の町でしたので漁師だったお父さん方は漁ができなくなって以降、仕事場を海から畑へと変えたそうです。唐辛子やいちじくやニンニクを栽培し、こちらも商品化をされているようです。これも元は、お父さん方の笑顔を取り戻すための事業として始められたそうです。
このうみねこ代表のお考えの念頭には、救援物資やボランティアの方々に感謝しつつも、
『与えてもらうだけではなく自分たちで立ち上がらなければならない』
とのお考えがあります。ご自身もが困難な状況下にありながら町の人が元気になるように、またみんなが御自分の足で立ち上がらないとと思われた事に、頭が上がりませんでした。
ご本人も被災して家が倒壊し、避難所生活をされていたのに、なんでそんなことができるの?と。そんなことを考えながらお話を聞いておりました。
大阪に帰って来てふと思いました。今回の大阪北部地震や大雨なんかで被災した場合、またこれ以上の災害が来た場合、僕は何をするんだろう?何ができる?お坊さんとして何ができる?みんなが集まれる場所を提供する?その募集を募るための音頭を取る?
何より、その第一歩を踏み込むことに凄く勇気の要ることなんだと気づきました。
しかしなんとかしたいとの強いお気持ちがあったのは確かだと思います。目に見えて元気が無くなっていく人たち。ガラッと変わってしまった環境。それを見ると何かしないとと強く思うのは当然なのかも知れません。
お大師様の御教えに「迷悟我にあれば、発心すればすなわち至る」。これは『般若心経秘鍵』に出てくるお大師さまが残された御教えです。
迷いも悟りも自分自身によるものであるから、悟りを開こうとすれば必ず到達することができる、という意味です。
悟りというと規模の違う話かも知れませんが、目標のゴールだと思ってください。逆に迷いの世界はつまり苦しみの世界。辛い現実の世界に居るのも、理想とする世界に行くのも自分です。
発心、心を起こす、つまり目標のゴールに向かって走るんだと決意すれば、即ち至る、つまり行くことができる、という意味です。
この教えのミソは、しんどいのも楽しいのも自分次第ですよと、
しんどいのはもう嫌!私は楽しい方へ行くんだと決意をすれば、ゴールへの道は開かれます、ということです。
ゆめハウスを始めようと思っから、人を集めたり、皆んながワイワイできる環境を提供できるまでにはいろんな困難があったと思います。運営側として一緒にやろうといってくれる方がいるかはわかりません。カフェをしようとしても被災した最中で物やお金が集まるかわかりません。お客さんとか人が集まってくれるかわかりません。
さやろう!と思った時に、いろんな不安も一気に押し寄せてくる中で、不安な気持ちを振り払って第一歩を踏み出す。なかなかできないことだなと。平生に僕らがお友達に連絡して、ご飯食べに行こう、とか忘年会しようとかの音頭とは次元が違います。
それでもみんなのためにやるんだっという覚悟もお持ちだったんじゃないかと思います。覚悟するとか覚悟と決めるとかの言葉を使いますが、相当な思いがなければ覚悟というものはできません。
そして、集まる人、お手伝いをする人、皆んながこのお考えに賛同され、今では女川が元気になる事業としてうみねこを運営したり、各地で公演をされているそうです。
さて先ほどご紹介させていただきましたお大師様のみ教え、迷いもさとりも自分次第、苦しいのも楽しいのも自分次第だと。
その言葉尻だけ聞くと、しんどい状況下にある方は、そんなこと言わんといてやーしんどいもんはしんどいんやと、身勝手なこと言わんといてやーと言いたくもなります。
でもお大師様のこのみ教えは真理です。
しんどい状況下に置かれて居る一旦には自分が原因なんだと気づくことが大事だということをこの言葉の裏で教えてくださって居ると思います。
誰かと喧嘩をしました。あんたが悪いんやーとお互いが言います。でも第三者から見れば、いや、お互い様やろーという場面があります。客観的に物事を見ればわかる事かも知れません。それを当事者だからこそ意外と分かりにくい事なんです。
だから、仏様は懺悔をするということを用意してくださって居るのです。自分自身を省みてみる作業です。
私も最近反省したことがあります。。
結婚してから、5年くらいになります。結婚当初から比べると、20キロも太りました。服のサイズもSからLに変わりました。今では妻から詐欺だと言われております。
でも私も反省をしました。
お大師様のみ教え借りるならば、細いも太いも自分次第だと。そうです、食べすぎました。
子供らと遊んで居る時に撮った写真を自分で見て、なんだこれは、、、このパンパンなの誰や!と愕然としました。これはあかん。ダイエットしないと、、と。
やはり懺悔や反省は大事です。その意味ではお大師様のこの言葉は勇気を与えてくれる教えです。決意をすれば即ち痩せる。
勝手な解釈をして、私の身の上で考えてみました。お大師様の教えは難しいと思われるかもしれませんが、言葉を広げて解釈して我が身に当てはめてみるとわかりやすくなります。
迷悟我にあれば発心すれば即ち至る。
しんどいも楽しいも自分次第、決意を固めれば目標を実現できる。というみ教え。ぜひ覚えていただけたらと思います。