疑似体験こそ映画の大きな醍醐味だと自分は考えている

爽快なアクションやSF、特異な現象、成功体験、絶望体験の疑似通過を約二時間の間に経験できることは、乱暴な表現だが とても効率的だ

しかし、最近の自分は映画から疑似体験の快感を得られなくなってきた
もちろん各所で言われてるように、アトラクション性を最優先してる作品も増えてきている
3D、4Dの使い方は~ランド、~スタジオのコースター系のそれに近付こうとしているのはよく感じる

奥行きを利用したサスペンス、ホラーなどもよく考えられている
それは拡張された作品なのだが、一般作、アニメ(フルCG)映画、に置いても同じような"サービス過剰"を感じることが増えてしまった

今の自分には映画が必用無い時期?
よく考えてしまう

好きなことを仕事にする事はとても怖い事だ
勿論、自身の推する感情が合わさることは理想像に過ぎないのは分かってるのだけれども、心を掴まれなくなってしまった物を扱うのは不誠実なのか
それが仕事なのか

そんな誰しもが通過する地点の感情を捨てられないまま作るようになって、最近向こうさんにうまくはまる...
うまくいかない自分を見透かされたのしまれてるのなら、それでいいのかな