山陰中央新報「明窓」欄で掲載されました!
ここでひとつ御報告を。
紅雪会のことが4/7、山陰中央新報「明窓」欄で掲載されました。
茶どころ松江。市内には多くの茶室がある。松江藩7代藩主・松平治郷(不昧)が建てた菅田庵(重要文化財)と明々庵(島根県文化財)、古刹・普門院にあり小泉八雲がお茶の手ほどきを受けた観月庵などが有名だ。
松江市外中原町の宝照院境内に茶室があった。「紅雪庵」。不昧流を学んだ故布野鷹太郎さんが1968年に手作りで建てた。躙り口近く、同じ木に紅白の花をつける百日紅があることから名付けられた。
後進の育成を目的に紅雪会を結成。流派を問わず、会長も置かず、会則もない、男ばかりの会だった。唯一の決まりは毎月第3日曜日の月釜開催だった。染織工芸家・金津滋さん、仕覆製作者・門脇旭包さん(いずれも故人)も加わって毎月、茶会を催した。
茶室完成から40年余り。3人の没後も茶会は続けられたが、もてなす側に後継者が育たず、昨年12月で月釜は終了した。「松江の数寄者、粋人」と雑誌で紹介されるほど茶の湯に打ち込んだ布野、金津、門脇に、誰も迫れなかった。
百日紅の脇にぽっかりと空いた土地。紅雪庵は今年に入って取り壊された。「やめるときは潔く」。布野さんの遺志に従った。しかし茶会の終了を惜しむ声が強く、紅雪庵近くに布野さんらが手作りした寒山亭で年2回程度、予約制茶会を催すことにした。
「一期一会なる語重きが故に軽々しく云うべからず。一会も百会も関係はなく、その時その時に自分の最善をつくせば足りる也」。布野さんが残した言葉だ。紅雪会の精神は生き続ける。(晶)
ここで書かれている通り、6月の茶会を予定しています。詳しくはまた後日掲載致します。
紅雪会のことが4/7、山陰中央新報「明窓」欄で掲載されました。
茶どころ松江。市内には多くの茶室がある。松江藩7代藩主・松平治郷(不昧)が建てた菅田庵(重要文化財)と明々庵(島根県文化財)、古刹・普門院にあり小泉八雲がお茶の手ほどきを受けた観月庵などが有名だ。
松江市外中原町の宝照院境内に茶室があった。「紅雪庵」。不昧流を学んだ故布野鷹太郎さんが1968年に手作りで建てた。躙り口近く、同じ木に紅白の花をつける百日紅があることから名付けられた。
後進の育成を目的に紅雪会を結成。流派を問わず、会長も置かず、会則もない、男ばかりの会だった。唯一の決まりは毎月第3日曜日の月釜開催だった。染織工芸家・金津滋さん、仕覆製作者・門脇旭包さん(いずれも故人)も加わって毎月、茶会を催した。
茶室完成から40年余り。3人の没後も茶会は続けられたが、もてなす側に後継者が育たず、昨年12月で月釜は終了した。「松江の数寄者、粋人」と雑誌で紹介されるほど茶の湯に打ち込んだ布野、金津、門脇に、誰も迫れなかった。
百日紅の脇にぽっかりと空いた土地。紅雪庵は今年に入って取り壊された。「やめるときは潔く」。布野さんの遺志に従った。しかし茶会の終了を惜しむ声が強く、紅雪庵近くに布野さんらが手作りした寒山亭で年2回程度、予約制茶会を催すことにした。
「一期一会なる語重きが故に軽々しく云うべからず。一会も百会も関係はなく、その時その時に自分の最善をつくせば足りる也」。布野さんが残した言葉だ。紅雪会の精神は生き続ける。(晶)
ここで書かれている通り、6月の茶会を予定しています。詳しくはまた後日掲載致します。
月釜へ御来庵頂いた方々への御礼
秋の訪れとともに山々に白い綿帽子をかぶる季節になりました。私たち紅雪会は43年間、四季折々の季節の移ろいを感じながら紅雪庵、寒山亭、釣月台での濃茶、薄茶、点心席を設けさせていただきました。平成23年12月の第三日曜日をもって月釜に幕を閉じることとなりました。
以前より御来庵の皆様にお伝えをしておりましたが、その日が来ることに私たち紅雪会のメンバーも寂しい気持ちと諸先輩の精神を後世に伝えられなかったことを残念に思います。日本の伝統文化を伝えることも出来なかったことにも少なからず残念な気がします。
平成23年12月の最後の月釜は予約制で紅雪会を愛してくださった方々と最後の月釜を開催させていただきました。その時、御来庵の方々から残念と寂しくなるとの言葉を聞き、本当に皆様に愛され又御茶道を楽しんでいただいたことが一層感じられる最後の月釜でした。御来庵の皆様方に御指導を賜り、且つ楽しませていただき、御教授頂き、本当にありがとうございました。全国各地、遠くは海外からも御越し頂き、多くの方々に喜んでいただきました。
紅雪庵も某所に移転が決まり、新しい庵主の元で愛していただけることとなりました。
今後は、久留米紅雪会が九州でがんばられているので、そちらの方へもお訪ねください。
2011.12.18 文責 加納志郎
以前より御来庵の皆様にお伝えをしておりましたが、その日が来ることに私たち紅雪会のメンバーも寂しい気持ちと諸先輩の精神を後世に伝えられなかったことを残念に思います。日本の伝統文化を伝えることも出来なかったことにも少なからず残念な気がします。
平成23年12月の最後の月釜は予約制で紅雪会を愛してくださった方々と最後の月釜を開催させていただきました。その時、御来庵の方々から残念と寂しくなるとの言葉を聞き、本当に皆様に愛され又御茶道を楽しんでいただいたことが一層感じられる最後の月釜でした。御来庵の皆様方に御指導を賜り、且つ楽しませていただき、御教授頂き、本当にありがとうございました。全国各地、遠くは海外からも御越し頂き、多くの方々に喜んでいただきました。
紅雪庵も某所に移転が決まり、新しい庵主の元で愛していただけることとなりました。
今後は、久留米紅雪会が九州でがんばられているので、そちらの方へもお訪ねください。
2011.12.18 文責 加納志郎



