ゴロゴロ実話セブン

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わが山友のMはわれらのF(聡太)について

髪をストレートにしたね

などと不敬罪相当の軽い発言をしました。

Fの容姿についての発言は(今2024年2月現在)タブーとされており、

目がほそい。

若いくせに将棋ばかりして気持ち悪いなどの

一般的なギャルが感じている自然な発言はマスコミなどで取り上げられることはありません。

国民が求めていない。

そういうことを発信することはありません。

O谷くんなども同じです。

むしろ

我々(Fを神と崇める者たち)からしてFがフィギュアスケートのはにゅう(敬称略す)のようでなくて幸いでした。

おっかけ女子がほぼいない。

オジサンお爺さん信者ばかりである。

将棋の真の支援者は全国に1万人とみています。

だからこのブームは今年あたりで終わります。

だがオジサンたちは人生の最後に格好の天才、真の天才というものをみました。

テレビでさっしーからFに推しを変えたと発言したオタクがおりました。

まさに。

それ。

あしだまなちゃんと結婚するのかしら。

Mの暴言はさらに続きますが。

 

つづく。

わがO県(大分県だけど)O市(同じく大分市)のうどん屋(以下Uと略す)さんは麺の数が3つまで同じ値段ということになっています。

このご時世にこんなことがあるのかとお思いでしょうがほんとです。

しかもというかこういう心根の店主だからこそですが、器は深々と作ってあり、一見普通盛りのようで一玉で十分食えるというふうに計算されており、O市の住民なら皆シングルしか頼まないとなっております。

上げ底の風潮に一石どころか十石投じております。

深底だから気を付けてと他県民の方用に張り紙をすべきという意見の多い中、そこについての弁明および注意喚起などはありません。

店主は宮崎県出身かと思うほどです。

 

全国のランキングのすべてにおいてほぼ最下位から5番目ぐらいですが、サービス業における丁寧さ親切心遣いなど突出して上位(私説)です。私及び県知事市長もそれにはいささかの引け目はないはずですが、隣県に宮崎があるため、それはかすみ色あせて見えます。

熊本鹿児島などにも見劣りします。

特に、

人の好さサービスでは(宮崎県)延岡日向が最上位だと思います。

ひとたびこの地を訪れたなら女子(嫁など)に対する評価が変わってしまいます。

しかも(これから先書くことは字が震えますが)

美人だらけともうしておきましょう。

O市の惨状を伝えるに忍ばれます。

このことに世界の旅行者が気付くのも時間の問題でしょう。

延岡のちゃんぽん屋、チキン南蛮屋に様々な人種の人々が十重二十重と並んでいる絵がみえます。

巨人の宮崎キャンプが長いのもそういう表向きの理由からでしょう。

 

 つづく。

 

 

2023年はブログをひとつアップしましたがそれは人の悪口満載で削除しました。

普段ならだれに読まれる心配もないのでそのまま放置するところですが、人の難病を揶揄するようなもので耐えられませんでした。

読者ひとり(自分だけ)でもこういうことがおきるのです。

10人、100人と固定の読者のいる人は不便でしょう。

 

職場で国会中継を聞きながら書類をまとめています。

答弁しているのは不人気のKS総理で声に精というものが感じられませんが、味方する人もいるでしょう。

今時悪口言われて訴えないのは国会議員だけですから、そこを叩くしかないのでしょう。

小泉進次郎(以下Kと略す)さんを次の総理にという声が聞かれないのはTクリステル(以下Tと略す)のせいです。

信じられませんが嫉妬でしょう。

君らが藤井聡太(以下Fと略す)の天才に嫉妬する権利があるのかというほどのものです。
T(クリ)は美しい。

美しいにも限度がある。

 

つづく。

 



 

ある朝彼はNHKの画面に突然現れてしきりに謝っていた。

どういうルール違反かわからないがお役所的な事柄で謝るほどのことでもないと思われたが企業にとってなにより大事なことのようであった。

そのおでこの広い唇の厚い顔に見覚えがあるような気がしたのだがまさかと思う。なにせあまりに有名なM企業の代表取締役である。

知り合いのWに電話してどうも知り合いのUににているようなのだがと聞いてみる。

なんだしらないのか同級生のUだとこともなげに言う。

むしろ上から目線でUもなにかと大変だなあなんて言う。

 

Uは中学の同級生でたしか同じクラスになったこともある。

双子の妹がいて母子家庭だった。

おなじ母子家庭の私のことも承知していていつか俺たちは人一倍頑張らなければならないと激励されたような気がしていた。

わたしには向上心というものがなく中学生ながらなにか覚悟があるようなUのことを不思議な感じで見ていた。

だが年に一度くらい夜中の天井に彼は浮かんで消えた。

工業高校に滑り込んだ私と違ってUは進学校にすすみ私学のこれまた有名な大学に合格、M企業の社長秘書室のようところへ配属されたとも聞いた気がした。

私の周りにはなにかと努力して名をあげ、たいそうな暮らしぶりで悠々自適という人が以外と多い。

気が付けば貧富の差がついたなあと冗談みたいに言うが紛れもない事実である。

その最たるものが現れたということである。

私はゆえあって6畳に一人暮らしでその日その日の食うことにやっとである。

 

この度のことは明るい話で落ち込むことではない。

笑わずにいられない。

心の底から彼の出世がうれしいし笑える。

U君ありがとう。

続く。

 

 

 

40代のころさる名家のお嬢さんから言い寄られて嫁と別れて結婚してくれと言われたことがあった。

顔の輪郭頭の禿げ具合が尋常じゃないほど好みだという。

願ってもないことであった。

家の中も何やらもめていたしいろんな神がいるもんだと感心したが断った。

名家といってもほどがある。

その家系は2000年、あの遣唐使の中に祖先の名があるという。

こちらはO県O野郡最果村のそのまたはずれに住むものの飯炊きの続きのものである。

身分不相応の極みでもあるし着ていく背広もない死んでもそのようなことはできないと突き放した。

その頃Tは医大のベッドの中で死にかけていた。

脳梗塞で誰が誰だかわからないはずだが私をみて喜んだ。

ベッドからおりてATMで金をおろしいくらかお前にやるというようなそぶりをみせた。

遣唐使のお嬢さんの話しをすればおもしろがって結婚すればいいじゃないかといいそうだった。

70歳近かったがTは美しかった。

その立ち居振る舞いには品があった。

が子供4人にはその血は受け継がれることはなかった。

母親だけが血統書付きで子はみな野良だった。

 

 

 

私の母T(以下Tと略す)は女手ひとつで兄弟4人を育てたが回りにいつも怪しいおじさんがいて不自由はなかった。

九州の片田舎の小さな町の話なのでたいそう評判は悪かった。

ある日私だけを連れて大阪に出た。

Tはこどもごころにも美しかった。

品のある猫のようだった。

行くところ行くところ波風がたった。

平穏に暮らすおじいさんが貯めた年金を段ボールにいれてもってくるようなことが度々起こった。

Tはくれるものはもらった。それはずいぶん潔かった。

もう10万あればなお助かる(もしくはうれしい)などと言って相手を破滅させた。

残念ながら教養もあった。

凄まじい勢いで怒鳴り込んできた奥さん、おばさん、おばあさんが絶句した。

あんた浅丘ルリ子みたいやなあ。

ふり上げた手はもごもごと下がり、目はうつろになった。

Tもすみませんとは言わなかった。

 

 

 

 

 

昭和40年頃の小学校の入学卒業式の装備は畏れ多くも当時の皇太子を真似した。

庶民の範は皇室にあった。

ミチコさまの伴侶はそのころのサラリーマンのような姿形であったからお父さんたちもこぞって真似した。

普段の子供らは野良犬のようだった。

騒がしいから夕食まで家から出ておれと怒鳴られ遊びまわっていた。

カエルを殺し、火遊びでボヤを起こした。

給料は現金手渡しで通帳といえば郵便貯金だったが残高はなかった。

高度成長は始まっており衣服は足り、礼節を問うとところだったが差別は歴然とあった。それを口にして平気だった。

今母親たちは日本の芸能人女優の真似をする。

皇室の誰それは人気がない。

ただしイバンカ、メラニアではないと残念ながら承知している。

父親はそもそも誰の真似もせず自分は何者でもないことに漫然と耐え忍んでいる。

桜が咲けば山口組の親分を乗せるような車に息子娘を乗せて悲喜こもごもが卒業式にやってくる。

 

 

 

 

兄Tはしきりに仕事場に来て60歳ならいつ死んでもおかしくない、

アナタという賞味期限は切れたのだと言って言いやめない。

そういう本人は70歳になっている。

どういう意図か。

定年を控えて人は血迷う。もしくはうろたえる。

ある日ある時人事部長もしくは社長の奥さんから呼び出しがかかって来年で定年だが働き気はあるか。もくは一年ごとの契約で働かせてあげても良いがというような通達がある。

ここ一年でなにがあったのかわからないがこの扱いである。

藁にまみれて大事に体を拭かれていたと思ったら突然見知らぬトラックに乗せられてドナドナというわけだ。

たいがいの頭のいい人はこの通達であきらめる。その時はきたのだ。

ところがあまり賢明でない人の中に激怒する人がいる。

俺なくして会社が成り立っていくと思うのかというわけである。

人事部長もしくは奥さんはこのドラマの展開には慣れている。

机をたたいて飛び出して1時間ほどで戻ってくる。

いかようにも、そちらの提示の金で万事OKだ。

そうだろう。

賞味期限は切れたのだ。

生まれたときそれは背中に貼られている。

背中丸めて来年一年生き延びたことを感謝しよう。

兄Tが言うように。

 

 

 

選挙の応援カードに親戚知人を書くが、職業欄は無職が多い。いつの間にかこんなことになった。

時の流れに身をまかせテレサテンは死にジュリーは太った。

そもそもその欄に6人ほど列記せねばならないが埋まらない。

兄弟の住所を年賀状で調べて書いておく。

 

「人妻不倫温泉旅行」なんてシリーズが結構ある。

しかも車内での他愛もないエロ話を延々聞かされる。

そこは早送りというのは若人の話で老人(ワタシ)をここを尊重する。

ここに生きがいを見出す。

そうだこういう世界もあったのだ。

これなくしてなにかと言わんばかりである。

癒される。

目的地に着けばいろんな不都合なことも待っている。

こうして同じ目的で男女が不純は駆け引きもなくあからさまに好意を示すなんてなかなかない。

 

隣の子(小学6年)は問題児である。

また校長に呼ばれて怒られたと声が聞こえる。

告げ口をした女子の運動靴の中に木の実を入れたという。

紅葉した葉っぱ付き。

3人ほど親付きで呼ばれた。

立派ないじめで教育委員会に報告ものだとも言われた。

校長は60歳昭和35年生まれぐらいだろう。

子供のころは人から叩かれずに済んだ人かもしれない。

 

 

我がコーポラスでは段ボール箱でも出しておくと爆弾犯を探す勢いでチラシがはいる。直ちに除去せよ。

そこはあなたの領海ではない。この警告後3日以内に強制撤去するという。

 

仕事がら朝は早い。グレーの作業着を着て出る。

怖がられるのではと恐れて身を隠すように出発する。

玄関のドアの開け閉めは静かにする。

自転車置き場の土間に猫の餌が盛られているのをみる。

だれか未明に町内中に配って歩く女子がいるらしい。

その後ろ姿は見たことがある。

 

これまた社会問題化するだろう。撤去せよとチラシが入るだろう。

当人と親もしくは管理者が呼ばれてどこそこに報告するとかなんとか言われて野良猫は減る、ということになるのだろう。

 

ニトリ建設中、来春オープンと大きな看板が掲げられている。

社長をテレビでよく見る。

五木ひろしと懇意のようで二人歌う姿が流れる。

店内は幸せ家族で賑わっている。

ここに離婚間際の人々は連れ立ってこない。

家具を買い寝具を買い足し食器を新しく購入する。

人生の門出もしくはそれを充実しようと顔は高揚し茹っている。

背中丸めた人は肩身が狭い。伏目勝ちでレジに並ばなければならない。

寒いからという理由で毛布を買う。

その購買動機になんらやましいところはないが店を入るとき出るとき涙がとまらない。

 

 

 

星生山から降りて九重分かれの窪地で青年がガスバーナーに点火できなくて困っているようだった。

そこは見ぬふりをして通り過ぎるのが礼儀なのかわからないが手を出して泥沼にはまる。

昨日アマゾンから届いたばかりで一度も使っていないという。

お湯をわかしてカップラーメンを食べようとしている。

見れば装備も上から下まで新しい。

20歳前後と見た。

これから試行錯誤の時を山で過ごそうという若者がまたひとりデビューして山がらみのメーカーにとっては希望のもてる展開となった。

 

人口問題の研究家の立場からするとこれは大変な問題をはらんでいる。

日本が危ないと言って過言でない。

もし彼が彼女より山の頂のラーメンが楽しいということになれば一大事だ。

トヨタのSUV、ヤマハのMT-07に女子を乗せて九重周辺を走りまわるというような健全な青年となってほしい。

また、彼女の妹、友達などにも興味を示してアパートもしくは実家のお父さんお母さんとの食卓に彼女が丸パイプもって飛び込んで来るような展開が望ましい。

夜の夜中ヘッドライトを照らして牧ノ戸から白口岳、立中山経由の大船山めざして星がきれいだった、もしくは夜明けともに降りてきたゆくゆくは長野あたりの山にも本格的にデビューできるようトレーニングしたいとなればもうおしまいだ。

きみ(日本)にはモンベルのウエアSOTOのガスバーナーもしくはグレゴリーのリュックは必要ない。

それは60過ぎたオジサンオバサンの(仕方ない)健康の手段であるべきだ。

生まれた子は大学出るまでアベちゃんがすべて面倒みる。

一円もかからないどころか君には補助金がでる。

その金でまた女と遊び暮らしてほしい。

 

2030年には人口2億人をめざす。