アンタルジョーティのYOKOです
先日は、久々のブログ更新にも関わらず
ご訪問頂きありがとうございました
一年以上ぶりの更新だったんですけど
見てくださる方がいらっしゃるんだなと…
感激しております
ありがとうございます
今日も近況報告をしよっかなと
この数年いろいろネタはあるんですが
なんと最近起こったこれでしょう!ってことで
今年に入って母の入院という出来事がありまして
一緒に住んでる姉から
突然連絡があって知ったんですけどね
入院した理由は腰椎圧迫骨折です
家の玄関で足を滑らせてしまい
尻もちをついてしまったらしく
その際に四本も折れちゃったんですって
まぁ その前から
布団を天日干ししようとした際に腰を痛めていたらしく
動くこともままならない中
母の性格上
我慢しながら&痛み止めを飲みながら
の生活をしていたそうで
そうした生活をスタートさせてほんの数か月後に
尻もちをついてしまったらしく
そしたらいよいよ
起き上がることもできなくなり
姉が病院へ連れていったら
四本折れてます 即入院
となったみたいです
この際だからといろいろ調べてもらったみたいなんですけど
骨折以外は異常は見当たらないということで
その点は安心したんですけどね
一緒に姉が生活していたので
対応できたことに本当にありがたいとは思ったんですけどね
で
姉から連絡があった内容はというと
母が入院したことの報告までは
エッ!なんてことだ!大変!
てな感じで受け止めたんですけど
姉が一番伝えたいことは本来ソコじゃなくて
姉は看護師をしていて夜勤があるので
自分が夜勤の時
父親の世話をする人がいないから
父親の世話係をして欲しいってことが
一番言いたいこと ってなわけなんです
父親の
昼食と夕飯の準備
お風呂の準備
買い出し
洗濯
着替えの用意
掃除
就寝前にたばこを吸うので火の用心の確認
戸締り
などなど・・・
もうね びっくりな内容でしたよ
は???って
そのための要請???みたいな
姉に対してどーのこーのではなく
父親に対して
は? 自分でせんかいって思って
もう、なんかね
怒りよりもそう来たかって思ってしまったんです
私の両親は昔ながらの考え方の持ち主で
父親は
上げ膳下げ膳で育ってるわけですよ
小さい時は両親から
結婚してからは母親から
父親の食事の内容と
私たちの食事の内容が全く違いましたもん
まあねハッキリ言うと
父親は
酒乱体質 なんです
母親は私と姉に
虐待してきた人 なんです
近所でもそれはそれは有名で
私が成人してから近所の人に合った時
「ようあなた達は不良にならんかったね」
「非行に走らんかったね」
って言われたくらいです
いわゆる
不良とか非行とかっていう
つまり現状から逃げることを考える余地が無いほど
母親は絶対!の中での生活をしていたので
成人してからそんなこと言われて
あっ!その道があったのか??て気づいたくらいでした
まあ もうね
過去の事はいいんですけど
何が言いたいかって
両親の仲でのみ通用する生活スタイルがあって
母の入院によって
そのスタイルを受け入れないといけないのか
ってことに はっ???となったわけなんですよね
自分の食べるものくらい
スーパーやコンビニで買える時代
洗濯も洗濯機がやってくれる時代
入院生活ったって
一か月とか二か月って言われてるんだから
その期間くらい自分でやったら?って
思ってしまったんですよね
姉曰く
電気ポットでお湯を沸かすことくらいしか
できない?
やらない?
人みたい
もうね
なんか残念よねって思ってしまって
でもね
姉の力にはなりたいと思ったので
片道約3時間の道のりを運転して通いましたよ
鹿児島から実家までの往復
一人運転しながら
親はいつまでも親
子はいつまでも子
なんだよな~と思いながら
実は実家の方なんですけど
ゴミ屋敷みたいになってて
もうねカビも凄くて
寝る場所も無いくらいなので
その片付けもしたりして
涙がでそうでした
私が小さい時は
髪の毛一本床に落ちていたら
汚いと叫んで
私たちに向かって物を投げていたくらいの
潔癖な母だったんですけどね
ほんで
父親からは
一撃を食らいましたよ
私が用意した夕飯を食べながら
50歳を過ぎてる私に向かって
「同級生の〇〇君は男の子が産まれたんだって」と
突然言ったんです
は?何を言ってるんだ?
何が言いたいんだ?と思ったんで
「は?孫ができたってこと?」と
聞き返したんです
わざと
真意を知りたかったから
そしてら
「いや、我が子に男の子ができたってこと」
と返ってきて
そう つまり
50歳を過ぎてる私に向かって
子作りを言ってきやがったってわけ
はあああああああああああ
何を言っているんだ この人
でしたよ
なあんか もう 笑うしかなくて
いろいろ言いたかったけど
言っても無駄
考え方が違う
物の見方が違う
交じり合わない
会話が成り立たない
と思ってやめました
なんていうか
これが私の両親です
いろいろ 思う事もあるんですけど
私は私の
これからの人生のことを考えて
生きていかんとなあと
改めて思ったってわけです
50歳を過ぎた辺りから
自分の人生に
両親の事が関わってきますよね
私もそう
さて、今後 どうなるやら
ひとつひとつ
クリアしていけるだけの体力と思考は
鍛えておこうと思います
ではまた