小学校4年生から通っていた、自宅から2駅隣にあるその塾は先述した大手ハンバーガーチェーンと提携していて、配達を頼むことができた。
塾の通り道にある店に立ち寄って予約票に記入し、お金を払っておけば、休憩時間に合わせて届けてくれるのだ。
算数の授業が終わって理科の授業が始まる前に、もしくは国語の授業が終わって社会の授業が始まる前に、僕らは塾のビルの1階まで駆け下りて自分の予約票がホッチキス止めされた袋を掴み、また駆け戻る。
作り立てでまだ温かいハンバーガーやポテトは、申し訳ないが母親が作ってくれるお弁当よりも美味しいと思った。
自分でお金を払って食べ物を買うなんてことは初めてだったから、それに対する興奮だったり刺激だったりが上乗せされていたに違いない。
セットを頼む優等生の女子がいれば、ハンバーガーばっかり何個も買って両手に持ち、交互にかじって笑いをとっている男子もいる。
ハンバーガー1個をちびちび食べている友達は、食費(お小遣い、とは決して言わなかったのが今となっては微笑ましい)を浮かせてまた、欲しい文庫でも買うのだろうか。
十五分か二十分か、そんな短い時間にハンバーガーを頬張る間は、みんな笑顔だった。
そしてまた真剣な顔に戻る。
誰もが子供なりにメリハリがきちんとできていたのだ。
ショートトリップから戻り、あと数口で食べ終わる知らない地域の名産品を見つめながら、自分の思い出の味を切り出してみようかと考える。
笑われるかもしれないが、それも悪くないだろう。
きっと東北出身の彼女とだって、四国出身の彼とだって、味も映像も共有できるはずだ。
東京生まれ、東京育ちの僕は、それがとても嬉しい。