前回に引き続き同じテーマです
Wikiによるあり得ない情報量を流し入れていたからか、先日は頭痛に悩んでおり、しばらく見るのをやめます笑
1970年くらいまでは見たのですが、現代とは様々な制度が違っていたため警察の対応が遅れたりするところに興味深さも感じています。
さて、特筆すべき人物がいたので、リンクを貼らせてもらいます。詳細はそちらをご覧ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/山崎兵八
山崎兵八という警察官ですが、彼は警察が自白のために拷問していることを警察官であるにもかかわらず告発した人物です。
しかしながら組織からは出勤停止にされ、それどころか精神科に送られ、痴呆症を診断されたことで免許すら失ってしまいました。
それでもなんとか様々な仕事を経て、生活していったのですが、彼の正義感に心を打たれました。
それと同時に、自分の組織を守ろうとする人間の恐ろしさにも気づかされました。本能であるとは言え切ない。
ちなみに、彼は静岡県の警察官ですが、当時の静岡の事件は様々な冤罪事件が起きています。過度な拷問による自白、別件での容疑をかけてからの逮捕(そもそもそんなことできるんだっていうのが初耳。別件逮捕と呼ばれるんですね。)が行われていることによってです。
その人物のWiki記事もありますが、ここでは載せません。先程のリンクから飛べますし。
https://ja.wikipedia.org/wiki/古畑種基
そのほかには、この人にも触れたいと思います。
法医学者ですが、彼は医学に大きな貢献をしながら、冤罪を引き起こしたとも言える人間です。
東大名誉教授ですが、このような実績の人物を認めて良いものだろうか...冤罪を証明して真犯人が見つからないだけでなく、冤罪に加担した後に真犯人が名乗り出るという事件があるくらいですからね。完全にクロでしょう。
最後に人物ではないですが、永山基準に触れたいと思います。簡単に言えば1人殺したら無期懲役、3人以上なら死刑、2人ならボーダーというものです(たぶん)
そもそも永山基準のもとになった事件がかなり凶悪ですが、ある程度の基準が設けられているのが新しいなと感じました。
ここまで数日死刑判決が出た事件について熱心に調べていましたが、そのモチベーションはどこから来るものかわからないですし、体調に支障をきたしたこともあってひとまずは中断しました。
多くの事件をあくまでWikiという情報源ではありますが見てきて、なにか呪われているなとも感じました(頭痛くなったし)
そして死刑囚の反応がいくつかのパターンに類型化されるのもおもしろいですね。
1凶悪性を保っている(何人殺しても変わらないとの発言や、反省の色が見られない)
2反省したフリをする
3ちゃんと反省する
死刑囚には3は見られないと思いますが。。。(自分が見てきた限り)
何かを出版して、その売り上げを遺族に送っていましたが、「地獄に金は持ってけないからどうせなら遺族に」との言葉を残していたようで、これ聞くと反省の色があまり見られないなとか思ったり。
さて。最後にちょっと違う話。
人生で初めて法学に強い関心を抱き、それが止め処なかったため、前回の記事を書いた後、わざわざ大学図書館に行って事件に関しての本を漁っていました。
書庫に入ったのは初めてですが、ほんとに古い本がたくさん詰まっているなと。大きな財産であるから、今後も学生たちにとってニッチではありながら多くの価値を提供してくれるのだろうと思います。
何かのきっかけがあれば、僕も法学部の学生になっていたかもね()
それにしても、彼らはどのような勉強をしているの気になりました。ある程度のインプットを前提に論述させる形式と、知識などを問う問題でも出るんでしょうかね。
法学部の人は卒論書くときに図書館に篭る必要がありそうですねえ。実際文献を読み込んでいる学生が散見されました。みんな遅いのにえらいな。
僕の学ぶ経営学はそこまで古い歴史があるわけでもないため、そのような歴史あるところに足を踏み入れることも貴重な経験となりました。(ちなみに書庫は僕しかいなかったのでちょっと怖かったですね笑)
いくつか参考画像を貼っておきます。僕の大学の図書館です。これ中央キャンパスです。


