2026年3月3日
「結婚の自由をすべての人に」訴訟2025年11月28日の東京高裁判決に対する 法学者有志による抗議声明
2025年11月28日、東京高裁は、「結婚の自由をすべての人に」訴訟(いわゆる「同性婚」訴訟)において、法律上同性同士の婚姻(以下、同性婚)の婚姻を認めていない現行制度を合憲とした。その合憲とする理由付けにつき、本判決の問題点は多々あるが、とりわけ24条1項・2項についての解釈と、前文の解釈について憲法学の観点から看過できない点がある。この2点につき、以下のように強く抗議する。
判決は同性婚を認めなくても憲法14条1項に違反しないと論ずる文脈において、憲法前文第一段の「われらとわれらの子孫のために(中略)この憲法を確定する」という箇所を引用し、「国家は、国民社会が世代を超えて維持されることを前提とするものである」とし、続けて「男女の性的結合関係による子の生殖が、今なお世代を超えて国民社会を維持するうえで社会的承認を受けた通常の方法であることにも変わりはなく……この方法において、国民社会が世代を超えて安定的に維持されることを期することは困難である」と述べる。さらに「生まれてくる子のほぼ全てが嫡出子であるという事実は、『一の夫婦とその間の子』という結合体を形成しようとする異性の者同士にとって、現行の法律婚制度が、生まれてくる子の出生環境を整えるという観点からも実際に有用な制度であることを、優に推認させる」とし、異性の夫婦とその子どもから成る家族を想定して婚姻制度を設計することが合理的であるとする。
以上のことから、憲法24条が同性同士の婚姻を異性婚と同一の制度で保障することを予定しておらず、それゆえ、憲法上保障されていない権利に基づく同性同士の婚姻が保障されていなくとも憲法14条1項に反するものではない、と結論付ける。
しかし従来、裁判所は憲法前文の裁判規範性を承認したり、前文を根拠に権利規定を補充的に解釈したりすることには消極的であった(たとえば百里基地訴訟・東京高裁1981年7月7日判決)。ところが本判決では、憲法前文を用いて、24条の「婚姻の権利」の射程を狭め、合憲とする解釈を導くという手法を採用している。基本的人権の擁護の観点から前文を積極的に用いるのであれば、それは評価すべきことである。しかし、本判決のように、権利を積極的に拡張する方向で前文を用いることには消極的姿勢を示しつつ、権利を制限する方向では前文を用いることに積極的姿勢を示すのは、解釈態度として整合性を欠くというべきである。
さらに東京高裁は、前文の重要な箇所を省略している。すなわち、判決が「(中略)」として省略したのは「諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し」という箇所である。ここは憲法制定の理由を述べた箇所である。すなわち、明治憲法の下で植民地支配や侵略戦争をしたことへの反省を踏まえ、「諸国民との協和による成果」を確保し「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」平和主義を目指したものである。そしてまた「わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保」しようとしたのは基本的人権の尊重を目指したものである。このように、平和主義と基本的人権の尊重を実現するための政治システムとして「主権が国民に存すること」、すなわち国民(人民)主権原理を採用することを宣言したのである。この箇所をあえて省略し、「われらとわれらの子孫のために(中略)この憲法を確定する」という文言だけを使って婚姻を異性に限定することが合理的だという結論を導くのは、まさに前文の恣意的な引用・解釈であり、断じて許容できない。
高裁判決はまた、異性婚を前提とした諸規定が「一の夫婦とその間の子」の結合体を、社会の基礎的な構成単位となる基本的な家族として想定するものだとし、それ自体を合理的なものだと何度も強調する。このように、それ以外の家族の形態をとる者たち、とりわけ嫡出でない子に対する差別的発想を露呈しながら、異性婚を保護することは合理的であるとする。さらに、現行法制度を違憲とすれば、誰も婚姻することができなくなり違憲の問題が生じなくなる、とまで言う。
この判示部分は、論点を誤っている。というのも、本件で争われているのは、同性婚を認めないことの合理性であり、現行の異性婚制度の合理性ではないからである。原告らは、異性婚制度を違憲と言っているわけではなく、したがって、異性婚制度を違憲とせよ、誰も婚姻できない状況を作り出せ、と言っているわけでは全くない。このことは、在外邦人の選挙権訴訟と同様である。この訴訟では、在外邦人が投票から排除されていたことを違憲と主張していたのであり、選挙制度それ自体を違憲と言っていたわけではない。あくまで在外邦人も選挙に参加させるべきだと主張していたのである。本件もそれと同様で法律上同性のカップル(以下、同性カップル)も婚姻制度に参加させるべきだと主張していたところ、高裁は論点ずらしを行い、あたかも原告らが異性婚制度それ自体を違憲と主張しているかのように述べている。これはもはや言いがかりである。
また、「一の夫婦とその間の子」を基礎的な家族とし、それを保護することが合理的であるとするが、本件の争点は異性婚の合理性ではなく、同性カップルを婚姻制度から排除することの合理性である。異性婚制度が合理的であるから同性婚を保護しなくても問題ない、とすることは、子のいない夫婦やシングルファーザー・シングルマザー、単身者などを保護しなくとも不合理ではないということに等しい。極端なことを言えば、カップルの女性が妊娠した場合にのみ婚姻届を受理するという制度でさえ不合理とは言えない、ということになりかねない。
しかし現実には多様な家族の形が存在しているのであり、そうした様々な家族を憲法24条1項・2項は保護していると考えられる(そうであるからこそ、家族の形態は法的に定義されていない)。高裁の言い回しは、こうした多様な家族像をすべて消極的に評価し、突き放すものであるように見える。本件高裁判決以外の5高裁は、いずれも24条2項の「個人の尊厳」や13条の「個人の尊重」を重視し、同性婚を認めないことを違憲と評価した。そのような解釈こそ、憲法のまっとうな解釈である。そうしたまっとうな解釈から大きく乖離した本件高裁判決には、大きな問題がある。
以上のように、本件高裁判決には重大な問題が含まれている。われわれ法学者は、このような問題を看過できず、ここに抗議の意を表明し、最高裁でこうした問題が是正されることを願うものである。
呼びかけ人
大野友也(愛知大学教授・憲法学)
清末愛砂(室蘭工業大学大学院教授・憲法学)
永山茂樹(東海大学教授・憲法学)
賛同者
秋葉丈志(早稲田大学教授・法社会学)
足立英郎(大阪電気通信大学名誉教授・憲法学)
飯島滋明(名古屋学院大学教員・憲法学)
井口秀作(愛媛大学・憲法学)
石井幸三(龍谷大学名誉教授・法哲学)
石嶋 舞(ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン、DFG助成研究員)
石村修(専修大学名誉教授・憲法学)
伊藤弘子(室蘭工業大学大学院教授・国際私法)
植野妙実子(中央大学名誉教授・憲法学)
梅澤彩(熊本大学教授・家族法)
河合正雄(南山大学准教授・憲法学)
植松健一(立命館大学教授・憲法学)
岡田健一郎(高知大学教員・憲法)
岡田正則(早稲田大学・行政法)
岡田行雄(熊本大学教授・刑事法)
奥野恒久(龍谷大学政策学部・憲法学)
小澤隆一(東京慈恵医科大学名名誉教授・憲法学)
上脇博之(神戸学院大学教授・憲法学)
河上暁弘(広島市立大学広島平和研究所教授・憲法学)
川口かしみ(宮城学院女子大学特任准教授・憲法学)
木下智史(関西大学教授・憲法学)
木村義和(愛知大学教授・民法学)
吉良貴之(愛知大学准教授・法哲学)
倉田原志(立命館大学教授・憲法学)
五島京子(国士舘大教授 民法・家族法)
小林武(沖縄大学客員教授・憲法学)
小松浩(立命館大学教授・憲法学)
斉藤小百合(恵泉女学園大学・憲法学)
榊原秀訓(南山大学教授・行政法)
佐々木光明(神戸学院大学名誉教授・刑事法学)
志田陽子(武蔵野美術大学教養文化研究室・憲法学)
清水雅彦(日本体育大学教授・憲法学)
菅原真(南山大学教授・憲法)
鈴木賢(明治大学教授・比較法/台湾法)
鈴木靜(愛媛大学教授・社会保障法)
関哲夫(國學院大學名誉教授・刑法)
髙佐智美(青山学院大学法学部教授・憲法学)
高田昭正(大阪市立大学名誉教授・刑事法)
高田清恵(琉球大学教授・社会保障法)
立石直子(愛知大学教授・家族法)
棚村政行(早稲田大学名誉教授・家族法)
寺中誠(東京経済大学・都留文科大学・立教大学等兼任講師・刑事政策論/人権
論)
内藤光博(専修大学教授・憲法学)
長岡徹(関西学院大学名誉教授・憲法学)
丹羽徹(龍谷大学教授・憲法学)
根森健(東亜大学大学院教授・憲法学)
春山習(日本大学准教授・憲法学)
藤野美都子(福島県立医科大学特任教授・憲法学)
前田朗(東京造形大学名誉教授・人権論)
前原清隆(元長崎総合科学大学・憲法)
松原幸恵(山口大学教授・憲法学)
村田尚紀(関西大学教授・憲法専攻)
本秀紀(名古屋経済大学教授・憲法学)
山田希(立命館大学法学部教授・民法)
吉井千周(椙山女学園大学教授・法社会学)
渡邊弘(鹿児島大学准教授・憲法学/法教育論)
和田肇(名古屋大学名誉教授・労働法)