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北川圭吾のブログ

お花のギフトボックスのようなスキンです

"""""""「わー、重たいねー」。東京都江東区の渡辺恵司さんは目尻を下げ、にこにこしながら赤ちゃんを抱き上げた。「何カ月? こりゃ福耳だ」区内の文化センターで開かれた親子のふれ合い広場「子育てたんぽぽ」。この日は、乳幼児と母親二十一人が参加し、ママ向け整体や絵本の読み聞かせを楽しんだ。主宰者の渡辺さんは「お母さんは腰痛くない?」「赤ちゃんみててあげるから」などと母親に話し掛ける。何度も参加している母親(28)は「頼れるおじいちゃんです」と笑う。渡辺さんに協力するボランティアも祖父母の引越し 不用品処分 世代。ゆったりとした雰囲気の中、母親たちもくつろぐ。「子育ての専門家でも何でもない。ただの、おせっかいじいさんです」。菓子箱などの製造会社社長。住み込み修業や苦学を経て、二十代半ばで独立した。独立後も早朝から深夜まで働き詰め。毎日必死だった。四十代のある日、新聞を開き、カンボジアの難民キャンプで途方に暮れる子どもの写真が目に留まった。「何かしてあげたい」。それがボランティアに興味を持つきっかけに。ただ、具体的な方法が分からず、思いだけが募った。

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五十四歳の時、「勉強してみよう」と一念発起。大学の夜間部に入学し、発展途上国などについて学んだ。卒業後、教員の紹介で知り合ったボランティア関係者の案内で初めてカンボジアへ。学校の建設、絵本の出版、植林活動などに取り組んだ。子どもたちと一緒に遊んだり、運動会を開いたりもした。そのうち「この子たちは貧しくても、目が生き生きと輝いている。それに比べて、日本の子どもたちはどうだろう」。そんなことが気になってきた。当時、少年による残虐な事件や幼児虐待事件が社会問題化。「昔はおせっかいのおじいさん、おばあさんがたくさんいたが、今は人と人とのつながりが希薄」。地域の引越し 不用品処分 保護司や民生委員の知人に呼び掛け、話し合った。孤立した子育てで追い詰められている母親を減らしたい-。そんな思いで、二〇〇一年に始めたのが「たんぽぽ」の活動だった。五年後には、電話相談や家庭訪問で子育てを支援する「こうとう親子センター」も立ち上げた。今では地域の“イクジイ”の活動が本業より忙しい。孫も八人。海外支援はもちろん、高齢者や被災地支援で各地を飛び回る。「困っている人を見ると、ほっておけないたち。人の喜びが自分の喜びに変わります」。穏やかな笑顔を浮かべた。"""""""