「んふふ、じろは何でこんなとこにいんの?」
「ちょい休憩。もう1時間半だよ?何で皆あんな元気なの?」
「うそ、もうそんな?(笑)」
一郎くんがさっきまで四郎のいたところに腰掛ける。
「…変わんないね、アイツら。」
夜の河川敷はただでさえ真っ暗だ。
これだけ離れたらもう姿は見えない。
まぁ、四郎がいるから大丈夫だろう。
三郎のが歳上だけど。
「じろもね。」
一郎くんがクスッと笑う。
「…変わったでしょ。」
変わらないなんて、有り得ない。
夕飯前に優しい一郎くんの手を払い除けたばかりだ。
…俺は変わってしまった。
あのころの純粋無垢な俺はもう居ない。
ただのなかよしこよしな兄弟でなんて、いられない。
あなたを
愛してしまったから。
「変わってないよ。」
一郎くんはふにゃりと笑う。
「じろは、ずーっと優しいよ。賢くて、あったかくて、気が利いて、ほんでイケメン。」
優しい笑顔に、いつもならきゅんとする胸がズキンと痛む。
ああ、俺はこの笑顔を手放すんだ。
でも…もう離れないと無理だよ。
無理なんだ。
俺が堪えられない。
導火線はもう火をつけられてしまった。
このままじゃ
あなたを
そしてこの関係を
壊してしまいそうで。
「あ、線香花火残ってんじゃん!やろうよ!」
一郎くんが楽しそうに袋から束になったそれを出す。
「勝手にやってアイツら怒んない?」
「怒んないでしょ、ホラ。」
だいぶ遠くの方で姿は見えないけど
キャー!アハハハ…という笑い声と大きく動く火の光で心配は無用だと教えられる。
「…線香花火か。懐かしいね。」
「んふふ、そーだね。小さい頃よく勝負したねぇ。」
一郎くんが置型のロウソクに火をつける。
石の上に置いてゆらりと頼りなく揺れる火は、それでもぼんやりと足元を照らし続けてくれる。
──1分間落とさなかった方が何でも言うこと聞いてもらえることにしよ!
幼い頃の記憶が炎に揺らされて蘇る。
言い出したのは残念ながら俺の方だった。
一郎くんからなら、『不利だよ!ハンデ頂戴!』位言えたのに。
『いーよ!1分ね!』
『ぜってぇいちくんのフィギュアもらう!』
『は?やだよ、あれかーちゃんに頼み込んで買ってもらったのに!』
『だからこそでしょ!こんな機会じゃないともらえないじゃん!』
『ちぇ。じゃぁおいらはぁ~…』
結局子どもの手で1分ってのは結構大きい壁で。
何度やっても二人とも1分を超えられなかったっけ。
弟達が生まれたら、ゆっくりやる暇もなくなっていった。
「はい、じろ。」
「ありがとう。…ね、折角だし時間 計る?」
「んふふ、いーね。やろやろ。」
せーので炎に翳すと、僅かな煙と共にくるりと丸まる火花。
その瞬間スマホのストップウォッチをスタートさせる。
ぱち、ぱちち…とオレンジ色の線が四方に飛び交う。
一郎くんの横顔がオレンジ色に照らされる。
「…綺麗だよね。この良さは子どもの頃にはわかんなかったなぁ。」
しみじみ言うと、分かる、と一郎くんに返される。
「でもさ、昔からじろは線香花火好きだったよね。」
「違うよ。嫌いなんだ。」
…10秒。
え?と驚いた一郎くんが俺を向く。
だけど手の軸がぶれないから火花は落ちない。
「儚いでしょう?すぐに終わる感じがしてめちゃくちゃ苦手なんだよ。今この手が少し震えるだけで、風が吹くだけでこの幸せは一瞬で落ちてしまうみたいで…。俺すげぇ不器用だかr…あっ」
ボトリと落ちる花火に、ほらね?と片眉下げて笑う。
落ちた灰はもう既に闇に溶けてしまっていて、視界に捉えることが出来ない。
そう。いつだって呆気ない。
だから、怖い。
一歩踏み出すのが。
この関係が壊れたら、もう元には戻れないだろう。
もし俺の気持ちがバレたなら、一郎くんはどうする?
口をきかない?避ける?
それとも家を出ていく?
ねぇ、怖いよ。
いっそ他人だったなら。
望みなんてない程別世界の人間で、告ってフラれて泣いて終われたら。
どれだけ楽だっただろう、なんて贅沢なことを思ってしまう。
「バカだな。逆だよ。」
「…逆?」
20秒。
「儚いから大事にできるんだ。こんな一個一個に真剣になる花火、他にあるか?」
…花は散るから、って理論か。
「…ない。」
「だろ?落とさないことが大事なんじゃないんだよ。落とさないように気を付ける、儚いと思って大切にする気持ちが一番大事なの。」
ジ、と丸い粒が一回り大きくなる。
ぱちぱちと散る火花は勢いを増したり落としたり。
少しの振動や動きで不確かに揺れ、手の震えが伝わってぷるぷると震える。
30秒。
「俺…大切にできるかな…?」
不安げな声に、一郎くんは笑う。
「当たり前だろ。じろは俺らン中で誰より不器用だけど、誰より頭がよくて面倒見がいいんだから。イケメンだし。」
またそれだ。
「ねぇ、それ関係ある?」
「関係ある!じろの顔超好き。一生見てたい位。」
微笑む顔がこっちを向いて。
火花でぼんやり照らされて。
胸が鷲掴みにされて。
「…バカじゃないの。」
ジジジ…
一郎くんが肩で笑っても花火は落ちない。
バランス能力は家族の中で誰よりある。
40秒。
「…なぁじろ。小さい頃の花火で、お前が欲しがったモン覚えてるか?」
「あぁ…兄貴のフィギュアでしょ?未だにちょっとほしいんですケド。」
マジか、と目を丸くする。
物が欲しいわけじゃない。
好きな人が大切にしていたものが欲しかっただけ。
そしてそれは、今も。
「んふふ、まだあげらんねぇなぁ。」
「残念。線香花火のスキル上げないと。」
「んな事してないで自分で買えよ(笑)」
確かに、と笑いながら、それじゃ意味が無いだろ、と心の中で返す。
50秒。
花火はまだ落ちない。
「じゃぁ、俺の願い事は覚えてる?」
「…あれっ、何だっけ。」
そうだ、何か言ってたような。
自分のことに必死で覚えてなかった。
「やっぱ忘れてると思った。」
一郎くんが苦笑する。
「俺の願いはさ…ずっと変わってないよ。じろにしか叶えらんねーの。」
「え…」
パチパチ。
60秒。
「…1分経ったな。言うこと聞けよ?」
一郎くんがニヤッと笑った後、わざと手を離し、ぽとりと持ち手ごと石に落ちる。
闇夜に溶けるように無くなるそれに、一郎くんがぱしゃりと手で救って水をかける。
ジュウ、と残り火の消える音。
「………何?」
火花の音がなくなって、更なる静寂が返ってくる。
「お前は俺の傍から離れんな。一生。」