「わーめっちゃ綺麗!」
大野がすうっと大きく息を吸い込む。
季節は12月。
前日に雪が降ったらしく、葉のない木々にうっすらと積もっていて景色は都心よりいっそう冬らしい。
ゆっくりと吐き出した息は白く染まりその形をぼやりと視覚化する。
「ふふ、下調べはバッチリだよ。」
「…本当にしおり作ってくるとはね…」
手にした手作りの『旅のしおり』を見て苦笑する。
大野はこのように計画を綿密に立てるタイプではない。
正直、合わない。
しかし…
「大野さんと回りたいところいっぱいあるんだよ!山の景色を堪能できる写真スポットが21ページ、甘いもの好きって言ってたからスイーツ特集が31ページで…」
31ページって。と、呆れて笑ってしまう。
こんな重たい冊子、邪魔なだけだ。
それでも櫻井が自分との旅をこんなにも楽しみに考えてくれていた。
その事実が大野の頬を緩ませる。
「…ほんっと、一生懸命なんだよな、空回ってるけど…。」
「え?」
「ううん、何でもない。いっぱい考えてくれてありがとね。じゃ、行こっか?」
大野が手を差し出すと、櫻井の顔がぱあっと華やいで嬉しそうにその手を握った。
「…大野さんは、人の目、気にならない?」
冬の箱根は人が多い。
それでなくとも観光地だ。
旅館で一度荷物を置いた二人はしおりの通り散策に出かけた。
通り過ぎる人々がひそひそと耳打ちし、櫻井たちの繋いだ手を好奇の目で見ている。
「あ、嫌だった?」
大野がぱっと離そうとすると、櫻井はぎゅっと力を込める。
「違うんだよ、俺はいいんだけど。」
櫻井は慌てて弁明する。
「おいらは…相葉ちゃんとか松兄…あ、松岡部長ね。を見てたから。ほんなん、気になんないっちゅーか気にしてないんだけど…」
「…そっか。そうだね。いつかこういうのが物珍しく思われない世界が来るといいね。」
うん、と大野が柔らかい笑顔を向けた。
土産物屋、陶芸体験、ゲームセンター。
櫻井のプラン通りなところもあればそうでないこともある。
大野が行きたいところへふらっと足を向けるからである。
最初は腕時計を何度も見ていた櫻井だったが、諦めたようだ。
いつの間にかUFOキャッチャーで一緒に白熱する。
2千円ほど使ったその時、ようやく犬のぬいぐるみがぽとりと取出し口に落ちた。
「やった!」
「すごい!翔くん上手!!」
大野が櫻井の腕にぎゅっと抱き着く。
櫻井の心臓はどくどくと早鐘を打つ。
「…ムキになってとっちゃったけど…要る?」
「うん!ほしい!!ありがとう!!」
大野が嬉しそうに受け取る。
「えへへ~部屋に飾ろっと。…翔くんがとってくれたやつ、大事にするね。」
大野がぎゅっと犬のぬいぐるみを抱いている姿はまるで赤ん坊を慈しんでいる母親のようだと錯覚し、櫻井の胸はきゅーっと締め付けられる。
…そうだ、子ども。
櫻井の脳裏に現実が過る。
「…あの…ご両親の件って…」
「あー、言ったよ。明日付き合ってる人連れてくって。ほしたら晩飯寿司とるとか言ってて…超張り切ってる(笑)」
櫻井にずしりとプレッシャーがのしかかる。
「えーと…男だってことは…」
「え?何も言ってないよ?」
「…ですよね。」
櫻井はがっくりと項垂れる。
寿司をとる程息子の恋人について楽しみにしている両親への突破口が見えない。
「…大丈夫かなぁ。」
「何が?言ったじゃん、うちの親厳しくないしねーちゃんが子ども産んでるから大丈夫だよ?相葉ちゃんのバイのことも知ってて、変な目で見てないし。」
大野は能天気だ。
両親が二人揃ってそっくりその性格をしていれば良いのだが。
櫻井はポリポリとこめかみを掻く。
「因みに、この旅行の件は…?」
「言った言った。かーちゃんが『お肌つるつるいいなぁ~』って口尖らせてた(笑)あ、お土産頼まれたから後で寄ってい?」
「あ、勿論」
櫻井は頷きながら、(温度感読めねぇ~…)と小さくため息をついた。
*
「………マジか………。」
荷物を置いてすぐに散策に出たため、
部屋に小さな露天風呂がついていたことに気付いたのは、夕方両手いっぱいに袋を下げて旅館に帰ってからだった。
付き合い立てのカップルにはなかなかハードルが高い。
目をそらしたところで寝室には重厚に見える布団が2組。
女将は男二人の客にも全く動じずに布団を並べて敷いたようだ。
2組の隙間が全くない。
(流石相葉ちゃんのおすすめの旅館…)
大野が片手で顔を覆う。
周りに抵抗がないというのは楽なようで気恥ずかしい。
『カップルね、はいはい』と受け入れられると何故だか不審がられるよりもいたたまれない。
部屋に運ばれる食事を済ませ、時間的にもいよいよ話題を避けられなくなり櫻井が重い口を開く。
「…あの…どうする?大浴場の方が…いい?」
櫻井は自分の自分がどうなってしまうのか読めないため、ぎくしゃくと大野に尋ねる。
「あ…うん、そう…」
~♪
言いかけたところに、尻ポケットにしまってあった携帯が鳴る。
「…相葉ちゃんだ。」
「あ、出て出て。」
「ありがと。……もしもし?」
大野が玄関口へ移動し電話をとる。
『おーちゃん、旅館ついたー?理解のあるいいとこでしょ?』
「ちょっ…露天風呂付の部屋とか聞いてないけど!?」
『え?旅館と言ったら部屋についてる露天風呂でイチャイチャターイム♡じゃないの?』
「何言ってんの!は、は、ハズいわ!」
大野が声を抑えて抗議する。
『くふふ、これから穴の奥まで見せるんだから何も恥ずかしくないでしょ~!』
「み、み、見せるかァ!!」
大野の声が裏返る。
大丈夫?と櫻井に聞かれ、何でもない、と慌てて背を向ける。
『ねぇ大浴場入ろうとか考えてないよね?絶対ダメだよ?』
「な、何で?」
『翔ちゃんかおーちゃんのがシャキーン!てなったらどうすんの?その旅館スタッフさんは理解あるけど、お客さんは知らないよ?盛らない自信あるの?翔ちゃんの胸板とか二の腕、案外すごかったらどうする?』
「どうするって…別においらそんなん…」
『絶対、って言いきれる?今夜のこと嫌でも想像しちゃうでしょ?翔ちゃん…スイッチ入ったら顔とか超~~~エ ロそうだし…
案外逞しい腕で、おーちゃんのこと捕まえてガンガンつっこむかもしれないし…
腰使いとか、実はすっごいねちっこくてえっちかもしれないし…』
「ば、ば、ばか!!想像すんなっっ!!!!!」
『ひゃっひゃ!想像してんのはどっち~?というわけで、大浴場はやめときなよ~!じゃぁね、バイビー!』
切られた携帯を恨めしく見つめ、くそっと小さく漏らす。
「…大野さん?本当に大丈夫?」
櫻井が心配そうに奥の部屋から顔を見せる。
「あ、、うん。大丈夫。」
「…顔真っ赤だけど…」
「えっ」
反射的に自分の頬を触ると、確かに熱を持っている。
「な、何でもないっ。」
「…そう?まぁいいや、えーと、風呂…大浴場行く?」
「…っ、い、行かない。部屋の風呂、入る。」
「………えっ?」
「大浴場じゃなくて…ここがいい。…ダメ…?」
大野が恥ずかしそうに、櫻井の袖を持ちながら見上げる。
櫻井は風呂に入ってもいないのにのぼせそうになって鼻を抑え、何とか首を横に振った。