人間という生き物は学習をする。
似通った出来事を短期間で体験すれば、それなりに反応は薄くなるものだ。
しかし。
「……う、わああああああ?!??!!」
思わず尻もちをつき、そんな声が出たのは、浜辺で男が倒れていたからだ。
ただ倒れていただけでこんな叫び声が出るはずがない。
寝ているだけかもしれない男を絶叫で起こす趣味などない。
──全裸だったのだ。
死 体かと思い、思わず腰を抜かした。
いくら夏場だからと言って海パン1枚着ずに寝る男など居るはずがない。
それに、うつ伏せで。
正常な状態でないことだけは明白だ。
「け、警察…っ、いや、救急車か?」
尻ポケットを探るも、散歩のつもりで海辺に出たから、携帯を家に忘れてしまった。
海辺の目の前にあるとは言え、家に帰るには足にまとわりつく砂を蹴りあげながら走り、階段を登り…
そんなことをしてる間にも男の裸体は静かに押しては返す波が少しずつその領域を広めていく。
「…っ、くそ!」
覚悟して駆け寄り、うつ伏せのまま脇に手を入れて引っ張る。
体温があることに安堵し、とにかく波の届かないところまで引きずる。
力のない俺ですら引っ張れる体重に、若干不安になる。
こいつ、本当に生きてんのか…?!
肩にかけていた日除けのためのカーディガンを男の身体にかけ、何とか仰向けにする。
「えっ…?!」
その顔を見た時、心臓が止まるかと思った。
見覚えがあったからだ。
そんなわけない。
そんなこと、あるわけがない。
自分の愚かな考えを頭を振って否定する。
とにかくまずは生死の確認だ。
頬を叩いて意識を確認する。
「…おーい、生きてますか?!」
試しに腹のあたりを押してみる。
するとゲホッと水を吐き出した。
どうやら溺れたらしい。
男は暫く咳き込み、視点の合わない目で俺を見つめる。
ドクン。
やはり、その男の顔は、初恋の人にそっくりだった。
だけど、有り得ない。
彼なわけがない。
だって
彼はもうこの世に居ないんだから。
「…あの…大丈夫…?」
そっと背中を持ち、起こす。
男は小さく口を開いた。
が、何も喋らない。
「…………」
否。
喋れないのだ、と気付く。
パクパクと口を動かし、喉を押さえている。
「…声、出ないの?」
こくりと男が頷く。
「…とりあえず、ウチくる?歩けそう?」
男は立ち上がろうとするも、すぐに体勢を崩して倒れ込む。
溺れていた人間にすぐ歩けというのも酷か。
「肩貸そうか。ほら、立って。」
それでも男の足に力は入らないようで。
へなへなとその場に倒れ込んでしまう。
もしかしたら熱中症かもしれない。
雅紀を呼んでくるか…
いや、裸のままここに居させるのも気が引ける。
「…じゃ、乗って。」
「…?」
男は首を傾げる。
「おんぶ。背中に乗って?」
裸の見知らぬ男を背中に乗せるのに抵抗がないと言えば嘘になる。
しかし、その顔がふにゃりと笑うと、俺の心臓は勝手に高鳴った。
…やっぱり、そっくりだ。
12年前に死んだはずの、智に──。