【Side 大野】
朝だ、
そう気付いたのはカーテンから漏れる日差しが丁度目に当たる角度にきたからだ。
いつもより角度の高い太陽の位置に、仕事!と思いかけ、土曜で休みだということを思い出す。
起こしかけた身体を再度シーツへ沈めると、んん…と隣の櫻井さんが目を擦る。
「…おはよ。」
「おはよう…ございます。」
お互い微笑むと、こんなところで何故だか実感する。
──俺らは番になったんだな、って。
昨夜はいつの間に寝たのかな。
自分でもわからない。
言葉に出来ない幸福感と、静かな興奮と。
櫻井さんの体温に包まれて…心音を共有している内に眠りに落ちたらしい。
起きたら10時前いで驚いたけど、特に急ぐ必要もなくて。
暫くベッドから降りられなかった。
「…嬉しい。当然なのかもしれないけど、残ってますね。」
「…んふふ。一生残るんだね。…幸せ。」
項に痛みはないけど…窪んだ跡は消えてないし、櫻井さんの気配を体内に感じる。
繋がってないけど、繋がってる。
なのに、
「…ぁ…、項…舐 めないで…んっ」
「だって…この匂い、俺だけにしか効かないとか嬉しすぎて……改めて堪能したい…。」
「ふ、朝なのに…あぁ…っ」
尚も貪欲に繋がりたいと思ってしまう……。
今日やりたいのは、フロアや部屋に置く、設備や器具のリストアップ。
皆のおかげで通せた企画の、堂本さん達へ改めて送る依頼書や見積書の作成。
でもそれもそこまで急いではないから…。
「か、鏡まだある~…っ」
「ふふ、寝落ちしたんだから…当たり前、でしょっ!」
「あっ、あ、やぁっ…!」
まぁ…しちゃうよね…。
バッ クでがつがつ突 かれて、鏡の前でみっともなく乱れてしまった。。
色々落ち着いてから、山際さんと棚田くんにきちんと説明するため2人に連絡を取ったら、今から大丈夫って話で。
櫻井さんも来たいって言ってくれて。
少し遅めの昼飯も兼ねて、4人で話すことになった。
「あ!大野さん、こっちこっち!」
「棚田くん!久しぶり!」
電話では話してたけど、顔を見るのは久しぶりで。
思わず抱きつく。
「会いたかった~っ」
「僕もですよっ!」
するとぐいっと腕を後ろに引っ張られて、同じように棚田くんも遠ざかって…
「「近過ぎ。」」
櫻井さんと山際さんが鏡合わせのように俺らの腕を引っ張って遠ざけてて、2人して吹き出した。
棚田くんには電話で説明してあるけど、山際さんにはまだちゃんと言えてなかったから。
改めて、事の成り行きを2人に説明した。
まぁくんのこと。
松潤のこと。
計画のこと。
この前の諸角さんの事件のこと。
そして櫻井さんのこと──。
番になったことは改めては言ってない。(照れくさいんだもん)
だけど運命の番だと言うととても驚いてたけど、棚田くんは嬉しそうに笑って。
「きっと幸せにしてくれますね。櫻井さんなら、心配ない!」
そんな風に言ってくれて。
嬉しくなって隣の櫻井さんを見ると、すごく思い詰めた顔。
どうしたの?と言う前に、櫻井さんが深く頭を下げる。
「──棚田くん。ごめんなさい。」
多分、そこにいた全員がきょとんとした。
突然の行動に言葉が出ない。
「あの…櫻井さん?何の話ですか??」
棚田くんがオロオロして。
山際さんがじっと櫻井さんを見つめてる。
「…俺。君にオメガを軽視する暴言を吐いてた。ちゃんと謝ってなかったから…。」
「…悪かったって…謝ってくれたじゃないですか?」
「…あれは憎んでるって伝えたことに対しての謝罪だよ。オメガを差別してたことに対しては謝れてない。」
俺と山際さんはお互い顔を合わせる。
知ってた?って目で聞かれて。
首を傾げて曖昧に返す。
棚田くんにコーヒーを零すように頼んでたことや、棚田くんが死をも覚悟していたことは知っている。
だけど…暴言までは知らない。
勿論、予想はつくけど。
オメガを心底憎んでたのは知ってるから。
「オメガの痛みや苦しみ。勿論、ベータについても…他人事っつーか、世界が違うと思ってて。同じ人間なのに。自分のことしか考えてなかった。視野が狭くて…愚かだったと思う。傷付けて、ごめん。」
「…過去はそうでも…櫻井さんは助けてくれたじゃないですか。匂い、きつかっただろうに…それだけでじゅうぶん嬉しかったですよ?実際、櫻井さんがいなければ僕は…修司の隣には居れなかったと思うし。」
棚田くんがふわりと笑う。
それでも櫻井さんはそれを否定する。
「俺、あの時ですら何もわかってなかったんだ。君の決意も、覚悟も、想いも。でも…今なら、ほの少しかもしれないけど分かるんだ。だから今更だけどちゃんと謝りたくて。…本当に、すみませんでした。」
櫻井さんがテーブルギリギリまで、きっちりと頭を下げて。
「ちょ、櫻井さんっ…ええー、どうしたらいいんですか?!修司~、大野さん~っ」
棚田くんはオロオロしちゃって。
山際さんは、櫻井さんの行動に少し嬉しそうな顔をして、だけど黙って事の顛末を見守ってる感じで…。
「…棚田くん。言ってあげて?」
「な、何をですか?ていうかほんと、頭上げて下さいって!」
ふふ、と笑う。
「簡単だよ。
もし許してくれるなら、『いーよ』、って!
…それだけだよ。」
友達って、そういうもんでしょう?
そう言うと、棚田くんは、言いづらそうに唇をきゅっと噛んで、だけど覚悟したようにすうっと息を吸い込んで
「い、いーよ!」
と言ってくれて……。
「…ありがとう。」
櫻井さんがゆっくり顔を上げる。
「…友達に、なってくれる、かな。こんな俺だけど…色々、教えて欲しいんだ。俺、君らの…オメガのこと、少しでも知りたいんだ。」
櫻井さんの言葉に、棚田くんはクスッと笑う。
「…じゃぁ、アルファのことも教えてください!僕、貴重なアルファの友達が1人減ったところなので。」
俺に向かって悪戯っぽくウィンク…?をする棚田くんのそれは、まぁくんのウィンクもどきとよく似ていた。
「…番になったんですね。」
櫻井さんがトイレに立った時に、棚田くんが目尻に皺を寄せて笑う。
「あ、そうなんだ?」
山際さんが驚いた様子で眉を上げる。
「…うん。ふふ、どうして分かったの?」
後ろ首の詰まったシャツを着て、項の見えない格好をしているつもりだったけど。
そこに手を伸ばし、襟の上から撫でる。
見えないけど感じる、番の証。
「櫻井さんがああやって謝って下さったのもあるけど…大野さんの顔つきで分かります。」
「えっ、俺そんなニヤけてるの?(笑)」
慌てて顔を引き締めると、いや、と山際さん。
「ニヤけてるっつーより、穏やかな顔はしてるとは思ってましたけど。俺は分かんなかったよ?お前よく分かったな。」
てことは…
俺がわかりやすいんじゃなくて、棚田くんがすごいのかな?
「わかりますよぉ。
だって俺らは一緒、オメガ同士……でしょ?」
棚田くんが屈託ない顔でニコニコ笑うから、何故だかじわっと泣きそうになって。
今まで、棚田くんに同調出来なかった。
どれだけ苦しんでても、分かるよって、一緒だよって言ってあげられなかった。
俺の事アルファだと恐縮する棚田くんに、違うと言えなかった。
ずっと心に引っかかってた棘。
「……うん。一緒。オメガ同士、だね。」
これまで頷けなかった分、力強く頷いた。
棚田くんは、嬉しそうに笑ってくれた。